り出して並んで、迚《とて》も目をひき、うまい[#「うまい」に傍点]がどこまでも心を引っぱりこむというところはない。ああいう本で梅原龍三郎のがあります。又見ておきましょう。絵というものは頭のためにいい(私たちのような仕事との関係で)。音楽は聴き込んでいって、こっちの心がこっちの心の内部で啓《ひら》ける燃えもする工合ですが、絵はやっぱりその芸術の特質で、眼の前がパーッと絵に向って開いて行って、こっちから入りこんで行って、散歩をして、フムと思ったりハンと思ったり出来て、やはり楽しいものです。スケッチが出来たら、下手でもさぞいい保養だろうと思います。寿江子は上手《うま》い。それでも絵は気まぐれにしかやる気がしない由。
 あなたがお礼を出したく思っていらっしゃる人々には皆よろしくつたえますから御心配なく。親しい人達と賑やかに越年しましょう。百枚近い文学のこの三四年間に亙る鳥瞰図的な推移図のかけたのは、不満もあるが、よかった。生活の中で幸福を発見する能力や仕事のそれが増してゆく諸事情というものは何と複雑でしょう。
 この間、国男宛に下すったお手紙、あっちがお歳暮に来たとき呉れました。わざわざありがとう。国男は、自分が書かないのにすまないと云っていた。皆に対してあなたの配って下さるお心持をありがたく感じました。緑郎はこの間初めて手紙をよこして、パリのエトワールの近くの或一寸した作家の未亡人の家に暮すようになり、フランス語がまだよくこなせないから御飯のたびに大汗の由です。あのひとなりにいろいろ学んで来るでしょう。紀《ただし》は負傷しました。但生命に別状はない。島田の方では多賀ちゃんのたよりで、お店へ米俵をつみ上げて、トラックも休みなしの由、収入のある方らしい御様子で、父上も炬燵《こたつ》のある中の間でこの頃は御機嫌よろしいとのことです。結構だが忙しくてお母さん又腎臓をぶりかえしになるといけないと思って居ります。ではこの、今年と明年とに亙る手紙はおしまい。あさって(二十七日)お目にかかりにゆきます。寒くなって来たこと。年内に雪が降るかしら。かぜをお引きにならないように。どうぞ。

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[自注20]曾禰博士――曾禰達蔵博士。百合子の父中條精一郎と協力して建築事務所を長年経営された。
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底本:「宮本百合子全集 第十九巻」新日本出版社
  
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