円の絵です。買い手を欲しがっている。但し、彼女の芸術の過程を愛するものでなければ、この絵はサロン用ではないからなかなかむずかしい。柏亭先生に世話をたのんだらと云ったら、洋画家のパトロンとの関係の個人主義、極秘主義というものはひどいものらしく、自分が口をきいて売れるところをひとに紹介などはすまいとのことです。この世界は知らなかった。絵というもののかげの世界のおくれ工合、険悪工合にはびっくりしました。
 きょうから、『発達史日本講座』の現代文学をかきはじめます。この頃、小説にくっささりたい。それに夏からのこの約束で、フーフー。五十枚ばかりだから、ユリよがんばれ、です。これさえすますとこの種の予約はまぬがれます。
 キャベジの葉のようなのというのは葉牡丹でしょう。それは、市民的正月の恒例である葉っぱです。外側の葉の枯れるのをはがすと内へ内へとキャベジのように新しくなって行って、しまいには大変柄の長い玉になります。私たちは今年の暮は、何となし愉しい。そうではありませんか。とにかくいつなまけたということはなく生きたし、あなたは快復に向っていて下さるし、今年のために私達は何かしようとしていたところ優しい絵も二つ出来たし。年を送るという感情がこのような安心を伴って、感じられることは何年にもなかったことです。而もほのぼのと日ののぼる感じをもって。では又、かぜをひかないで下さい。

 十二月十一日午後 〔巣鴨拘置所の顕治宛 目白より(封書)〕

 十二月十一日  第四十二信
 けさ、あなたの十二月二日づけお手紙がつきました。ありがとう。いろいろな心持というものも、こうして字にかいておけばこそ一層はっきりとした存在となって確実に実現するのは、実に妙ですね。私はこのごろ、仕事にふれてこの事実を深く感じている、もし文学として書かれていなかったら、この人生の人間性、情の力や美の錯綜はどうして今日だけの蓄積として人間の歴史につたえられるでしょう。そして、私たちはまだ実に実に少ししか書いていない。そう思うと勿体ない。歴史に新しく加えるべきものは本当に多いのに。
 この頃は急に空気が乾きはじめて、皆喉がカラカラして、鼻の奥がかわいて苦しいが、ずっと大丈夫でいらっしゃるでしょうか。私は夜中、急に喉がいりつくようで目をさますことがある。
 昨夜は『中公』の随筆を十枚かいて(くちなし)、これから例の私の
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