画がないし。吸取紙を買っていたら、これまでの白い厚いのはなくなって同じようでも和製で吸収がわるいから薄い方がいいと教えてくれた店の男が、私を女学校のときから知っていると話しはじめました。まあ、とびっくりして感心した。私はここの原稿紙で小説をかき出したのですもの。二十五字詰で、そういうのが例外であることも知らず、「貧しき人々の群」はそれをつかった。思い出すことが、沢山あったがそのことまでは話さず。かえって新しい花をテーブルの上に飾って、ベッドに入って、まるでまるで眠った。
寿江子が来て、又一緒に一寸出て、燈火の消えている街々の風景を見学して来て、エハガキの小さいところへ字をかく気がせず、こうやって手紙をかきます。本当は、私は今頃小説をかいていなければいけないのに。字を間違えたりばかりするから、あした早くおきてはじめましょう。あしたの夜は眠れなくてもかまわない。
ひどい、永い病気とたたかったのち、次第次第に治癒力が出て来て、生活力がたかまって来る今のあなたのお気持は、本当にどんなでしょう。さしのぼる明るさや響や波動が内部に感じられるようでしょう? 私はそこをあっちこっちに歩く、眼をあなたの上につけて。それらの感じは、全く私の感覚の中に目醒めるようです。私はこの夏本当に苦しかった。今になってみれば苦しかったわけであると思います。どうか、どうか益※[#二の字点、1−2−22]自重して、その大事な生活力を蓄えて下さい。小説をかいていて、熱中して書いていて、いよいよおしまいが迫って来たというときの、あの何とも云えない内からせき立てられるような感じ、それをぐっともって重く愈※[#二の字点、1−2−22]《いよいよ》慎重にと進んでゆくあの気持。快復期の微妙な感動と歓喜は非常に似ているようです。そこがさむくさえないならば、雪の美しささえ似合《ふさ》わしいというような生活感情の時期なのでしょうけれど。もしかしたらあなたは、私たちの生涯の生理的な危期をどうやらのり越えて下すったのかもしれない。私のよろこびがお分りになるでしょうか。分るでしょうか。ああ。
私は何だか何日も何日も眠りとおしたいように気の安まり、ほぐれた感じです。一寸あなたの袂の先でもつかまえて眠って眠って、眠りぬきたい。この手紙はこれでおしまい。
十一月二十一日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 目白より(山下大五郎筆「中庭の
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