ないようにと注意して下すったし、そのことをも考え、一緒に住む人のことをも考え、なかなか決定いたしませんでしたが、この正月三日に、目白のもとの家[自注2](上り屋敷の家です。覚えていらっしゃるでしょう?)のそばで、小さい、だがしっかりした家を見つけ、そこを借り、Xと一緒に暮すことにいたしました。家賃三十四円也。上が六畳で下が六・四半・三・玄・湯殿というの。部屋が一つ不足です。だが家賃との相談故これで我まんします。一つ一つの部屋が廊下で区切られていて南向きです。二階は一日陽がさし、どちらかというと直射的だから勉強するために刺戟がありすぎます。陽よけの工夫がいるほどです。五尺四方というフロ場! 用心はよさそうで、省線に近いが静かです。Xか、Dさんから手紙が届きました? XとDさんとは結婚することになりましたが、Dさんの家庭の事情、経済事情がまだXと同棲するに至っていないので、Xは当分私と暮します。Xは詩を書いてゆくのですが、家から一銭も来なくなってしまった。十二月には私が下宿代を出しましたが、毎月そのようには行かないから一つは家を持つことを急いだのです。この二人は、勿論多幸ならんことを切望いたしますが、今のところX自身、愛情と一緒に一種の不調和を感じて居るらしい。このような直観的なものはゆだん出来ませんからね。Dさんは確かに人の注意をひくに足りる人ですが、あらゆる過去の経験で人に愛され、便利で信頼し得る友人をもち、いつも出来る人物と見なされ、自身それを知って、家の中では唯一人の男の子として生活して来た人にありがちな一つの特長をもっている。素直な人でしょうが、そういうものは強くある。よい意味でも、まだペダンティシズムをもっている。Xにはスーさんとは違うが、似た気質あり。すっかり納得ゆかないうちに一方では衝動的に行動する。人と人とのことはむずかしいものね。私はXと暮す以上は大いにXをふっくりしたものにしてやりたいと思って居ります。でも、私とXとは持っている感情の曲線が何という違いでしょう。Xは細いマッチの棒ぐらいのものをつぎつぎにもっている、そして詩も三四行のをかくの。こういう芸術の有機的つながりは実に微妙です。
 健康のためにも、仕事のためにも生活を統一する便利が殖《ふ》えるから、家をもったら能率的且つ書生的に暮します。楽しみであり、一寸うるさいナと思うのはXのこと。でも決
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