されたこと――音楽家関鑑子の良人、新協劇団演出家小野宮吉、数年来の腎臓結核によって死去した。
[自注20]須山さん――須山計一。
[自注21]大月さん――大月源二。
[自注22]劇団葬――新協劇団葬。
[#ここで字下げ終わり]
十一月二十六日 〔市ヶ谷刑務所の顕治宛 駒込林町より(封書)〕
十一月二十六日 第二十一信
けさ、十一月十六日づけのお手紙が届きました。その前のは二日の日付けであるから、間の週にはよそへおかきになったわけでした。大体そのことは分っているのに、何だか毎週待つから可笑しい。あなたのお体のことは、勿論絶えず念頭にありますが、私は決してくよくよ案じては居りません。そのことは、呉々御安心下さい。自然の治癒力について私は自分の経験から或理解をもって居りますし、あなたという方をも亦更によく理解して居りますから。根本的には安心立命して居ります。それから私の体のことを、この間うちはとやかく御心配かけ、すみませんでした。目下好調子です。小説も、今回分は僅かでも大体の通ったプランを立てなければならず、そのために時間を多く費しましたが、やっとそれが終り、書きはじめました。「乳房」のときより進んだ心の状態にあります。大変すなおに、描く対象を浮彫りにしてゆけそうな心持です。或自然な、柔軟な突こみがされそうな感じで、大変、大変うれしい。満を持し、いそがず迫ってゆく、この感じ。今度の仕事の準備中ふと「戦争と平和」をよみかえしました。もと一度、或ところは二度三度よんでいるが、今度よんで見て、ずっと異った専門的技術上の発見があって、これもためになります。描く対象は元より全く違っても、小説というものを書く上では学ぶべき点あり。「夜明け前」で学ぶべきは、仰云るように、作者の根気、努力、であるが、こちらの作者のスケールと現実洞察の、彼なりの鋭さ、リアリティーは実に光彩陸離たるものがあります。若い時代が、その技術をくみとりつつ、内容に於て新たな世界を芸術化し得るというよろこび、我から我に与える鼓舞には一寸云いつくせぬものがあります。描こうとする世界への没頭というか献身というか。しかも最も冷静な見とおしと統制。芸術的感興というものがこのように全心的な燃焼を要求するからこそ、芸術家にとっては、いかに生きるかというところまでが問題になって来る。興味あることです。私は決して夜更けの仕事がすきではないから、この点も改めて御安心いただきます。きっと眼が丈夫でないからだろうが、私はひる間の書きものが一番好きであるし、そのように整理してやって居ます。ほんとに、時間は悠久であるが、ですね。でも、私のように欲ばると、いろいろへまをやって、どうやらこの頃は、時間というもののほとんど驚くべき性質=同じ三時間のつかいようで、生涯の仕事としての何かが加えられたり、全く空に消えたりすることの驚くべき性質を実感してつかむことが出来るようになりましたから、きっと追々あなたもマアよいと お思いになるようになるでしょう。でも、仕事の上での欲ばりというものはよいものです。欲ばってのことなら、たとえへまをやってもきっと、何か得て立ち直りますからね。ほんの一寸した経験でも。時間を充実させる術をしっかり身につけたら、もうその人は人生の達人と云うべきでしょう。私なんか、まだ、どっちかというと、平凡に忙しがっている平凡な欲ばりやの程度かもしれません。島田のこと。あなたのお考えになるその通りを私も考えて居ります。私は自分の両親に対して今日、ああしておけばよかったと思うようなことは一つもありません。島田のお二人に対しても私の希望していることはそのことですから。古典について評論家がなくて、辛うじての時評家が多いことについての感想。同感です。英樹さんに対して私が点がカライのはその所以《ゆえん》です。私の机の上には中学生じみた馬の首のついた文鎮と庭の山茶花の花とあり。来年一杯以上かかる長い旅に踏み出したような宏《ヒロ》子という若い女(作品の中の)に勇気とよきタイプを祝って下さい。では又。
〔欄外に〕○毛糸の足袋下はハイラないのでしょうか。去年はそっちではいていらしたのでしたが、いらないのではないのでしょう?
○毛糸のシャツ、白メリヤスの下シャツをお送りいたしました。
〔「戦争と平和」を読んだという項の上欄に〕○これは特別な勉強よみで、作品のコンストラクションの解剖を、ノートしつつよんでゆく方法です。
漱石でさえ、交響楽は書けなかった、交響楽を書きたいと思う。
十二月五日 〔市ヶ谷刑務所の顕治宛 駒込林町より(封書)〕
十二月五日 午後 第二十二信
あなたはベッドの上で手紙をおかきになる[自注23]とき、どんな恰好をしておかきになりますか。あまり工合がよくないものですね。今私は
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