と考え、栄さんも在ると云ったので、わざわざ縫ったのに入れなかったのです。本当にこういうゆき違いは些細なことであるが私としては大変あとの心持にのこります。暑いね、今日は。そう云う、そして、お湯がもうお浴びになれるのかしらんと考える。そういう風に心持が動いている。暑い。暑い。だが自分としてはさっぱりした花でも机の上に置いてウンウンとやっているのが結局一等心持がよい。そういう感情の状態だから夏ぶどんの行違いには閉口してしまいました。マア、でもいいわ。それに、今年の冬こそあんな足の先の出るようなのではない夜具をさしあげます。あなたの体に、あの変に小さいおしるしのような被物がのっかっていたのかと考えると滑稽で腹立たしい。
家の者のいろいろの近況を申しましょう。スエ子はこの十九日頃職業がきまるか駄目になるかの境で、気を張って居ります。どうもあやしいらしい。慶応を出た人で、編集事ムをやっている人のスイセンしている者があるので。
江井は御承知のとおり永年働いていて家族八人故このひとの身の振方については随分心配いたしました。国男には父のような月給が払えぬから。それで江井も大いに頭をしぼり、向島の西村の土地のがら空きのところへアパートを建てることになり、それで江井の安定の手段とすることになりました。私はやっと肩の重荷をおろしました。何しろ、こういう話、スエ子の話、皆、百合子様、お姉様なのです。この数ヵ月は珍しい方面での心労をいたしました。俊造はこの秋学校をどうやら出てどこかの製作所に入ります。家も冬までには建て直して小ぢんまり、文化的にする由[自注16]。国男夫婦は家が直ると心持(生活の)まで変ることを大変たのみにして、何でもすべていいことは家が直ってからという期待につながれて居ります。この心理は面白いのです。私も激励して笑い乍ら「居は心をうつすそうだからね」と云って居ります。そしたら国男もしっかり勉強するのだそうです。
私の弟妹たちは一風も二風も其々《それぞれ》に変って居ります。実に変っている。
太郎は今安積で、日にやけ、田舎の子と遊んで居る由、結構です。土のこわいようなものが出来上っては仕方がありませんから。少しはよその子とケンカして泣くのもよいでしょう。「ああお坊ちゃま危《あぶの》おございます」では見ていても切ないもの。
島田の方では、達治さんの除隊が一番たのしみでいらっしゃいます。
これは、私達二人の楽しみで、まだ島田へは申さないのですが(実現しないとすまないから)達治さんがお嫁を貰うとあのお家では狭いの。お風呂場のところをね、改造してお父上のゆっくり寝ていらっしゃる小部屋にし、風呂は台所の左手(井戸の奥)へもって行ったらどうでしょう?
六畳か八畳のさっぱりした部屋をこしらえて上げたいと思います。私はそのことを、なかにいて考えたのでした。あんまり早く達治さんが御婚礼してしまうと困るが、来年の中頃以後であったら何とかなりそうで楽しみです。家のプラン想像なさることが出来るでしょう?
二階は達治さん達。今の下の部屋が隆治さん。その奥へお二人というわけなのです。ずっと戸外が見えるよう冬でも外景の見えるようガラスをよく利用してね。楽しい想像でしょう? 私は私式の粘りでこの小さいが愉快な空想を実現するつもりです。どんなにおよろこびになって下さるでしょうか。大変嬉しい計画[自注17]です。木星社の本のこと、このこと、二つの楽しいことです。秋になれば、あなたのお体も少しはよくなるでしょうし。
九月十日に「どん底」や「エゴール・ブルィチョフ」の記念の講演会の予定があり、私の校正も一通り終ったら或は安積へゆくかもしれません。只景色のいいところにいるだけなら二三日でよいが、安積は久しぶりでいろいろ面白いかとも思うので。
きょうは暑いが乾いている。机の上にコスモスの花があって非常に初秋めいた美しさです。スエ子の注射のための看護婦のひと(私も慶応で世話になり、父の最後も世話してくれたひと)が、私がよく仕事をするからと御褒美によく花をいけかえてくれるのです。あなたのところの蘭はまだ活々として居りましょうか。白藤の花は三房あります。ではまた。
付録(一枚)
きょうもお話の間にいろいろ私の生活について心配して頂いていることをありがたく存じました。でも、普通な意味で心配していただくには及ばないのです。その点私達は大層幸福者であります。私はやっぱりどこまでも私ですから。あなたは百合はお嬢さんだが、云々と云って安心していらしったその安心をずっともっていて下さってちっとも間違いでないし見当ちがいでもないのです。私は自分がそういう点安心しているのにあなたが心にかけていらっしゃるのかと思うと、逆に何だかこうして説明しなければならないような気になります。
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