をドイツ製オープンのアドラーに代え、国男自身運転して事務所にかよって居ります。
 この古い家をこわして、小さい、単純な(設備はうんとよく[#「うんとよく」に傍点]したい[#「したい」に白丸傍点]由)ものを建てるそうで、二月頃着手するでしょう。裏の土地が沢山あきます。小さい家を二つ建てるのだそうです。「姉さん、平ったく考えて、姉さんが住むのが一番いいと思うね」と云います。
 私としては目下考慮中です。深甚に考慮して居る。おひささんというひとは、いろいろ自分の心持から、金の点から、私と一緒に暮すことはことわって居りますから。作家にとって実に大切である生活の日常的アトモスフォールの点から、考慮中なのです。こまかい便利は勿論便利にちがいないし、用心もよいにはよいが。――
  続 十二月十七日。
 十五日に寿江子がお目にかかれて大変安心しました。無理をしないようと繰返しおっしゃった由。御心配をかけました。ずっと順調ですが、やっぱり、痛[#「痛」に「ママ」の注記]わらなければならないものを体の中にもっていることは、面倒だから、若し医者がよいと云ったら、この暮から正月にかけ、どうせガタガタしがちな時であるから、入院して、とってしまおうかとも考えて居ります。どうもそれが時間の一番の利用法らしい。但未定です。決定すればその前にお目にかかりに行ったとき、いろいろお話しいたしましょう。父の記念出版のための原稿を十五日の午後にすっかりわたしました。私はなかなか活動ですよ、「雑沓」七十枚、『婦公』「未開の花」七枚半、『ペン』に「時計」という随筆十枚昨日書いて、略《ほぼ》九十枚近い父のための原稿を整理して、四五十枚は執筆しています。
    ――○――
 寿江子この頃鵠沼で、体も糖尿の方は大分よくなって居ります。だが、器楽を専門にはやれないので、音楽に関する文筆の仕事に向いつつあり。ドイツ語なども一人でいつの間にかはじめている。ところが音楽の方はおくれていて、まともな音楽史一冊出ていず、芸術史にしろ、今日の到達点において書かれたのはないから教育上閉口です。
 音楽家は、素質的に少しでもましなひとは、主観的にそれに自負してしまう、そこで危険です。緑郎は今年既に作曲を三つやっているし、評論活動その他落付いて若いものらしくやっている。これは土台がいくらかあってのことだから、教育上の心配というものはな
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