ます。
 宏子の出発を祝って下すってありがとう。今度の小説では、社会の各層の縦断です。ゆっくり、根気よく、仕事に要される持続力の全幅を傾けてやりましょう。
 M子のために買ってやったフランス語の第一課を見たら〔欧文約十八語抹消〕「忍耐は日常不断の勇気である」又〔欧文約十二語抹消〕「天才とは永き忍耐である」等、一寸洒落た文句があって、これはあなたも目をおとめになりそうであるから、お互のクリスマスプレゼントマガイにいたしましょうか。本年末は島田、光井の方へ毛布二枚つづきお送りしたのみならず、自身のために『ロンドン・タイムス』の文芸付録とアメリカの『THE NATION』誌を一年予約しました。いいでしょう? 英語、ドイツ語は寿江子、フランス語はM子と分担してヨチヨチやって貰って、自分は日本語専門でやります。ところが寿江子の英語もまだまだでね。努力だけは買ってやります。父の本のために三十枚ほど彼女もかきました。
 私は何だか、あけましてお目出とうという気もせず、ただお互に来年は体をましにしてそれぞれのやりかたでの勉強をやりましょうという心持だけです。三六年は全く体というものについて新しい経験を重ねましたから。『新潮』は新年号に十五枚ぐらいの小説を十五人ぐらいにかかせているが、批評によると、短篇アンサンブルとしての効果なし。稲ちゃんも大変スタイルに留意して試みている。矢田津世子が書き、たい子がかいている。俊子さんの第三部は(第二世の小説)『改造』二月に出るでしょう。俊子さんにしろ彌生子さんにしろ、女の作家が年齢に比べて若いということ(作品において、主題において)、このことは、よしあしがあるが、一面には永久に求めざるを得ないものを女が正直に追求していることによって若いとも考えられ、なかなか興味があります。一昨日「含蓄ある歳月」という七枚ばかりの彌生子感想を『帝大新聞』にかきました。私は一月中に評伝を完結して、四月頃つづきを発表します。盲腸は切りません。きらぬ方がよい由。私、もしかしたら盲腸ぐらいもっていてアラームベルの役をさせた方がいいかもしれない、夜更しをするとジリジリ! たべすぎそうになるとジリジリ! 仕事のときは、但シベルがなり出したら、あなたの目ざましのように足の方へ蹴込んでしまう? まさかね。
 明後日ごろお目にかかりにゆきたいと思って居ります。『プーシュキン全集』は
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