話してきかせました。
 おや、耳の中がキーンと云う。変ね。そろそろ寝ろとの知らせでしょう。馬のついた文鎮をのせて又この次。
 今は八日の午後三時。ひどい風の音にまじって、隣家の庭で炭やが炭をひいている音がきこえます。小学校の校庭の騒ぎはまさに絶頂。風でがたつく障子を眺めながら私は考えている、この家は仕様がないな。斯うすき間だらけでは、と。
 私は大変風がきらいなことを御存じだったかしら。このことと、むき出しの火を見ることが好きでない点は父方の祖母のおき土産です。おばあさんは、貴方御存じないけれども南風の吹く日はやたらに忙しがって用もないのにお離れでコトコト動いて、私が「おばあさま、どうなすったの」ときくと、「きょうは、はア、南風が吹くごんだ」と云って、あわてているの。春になって南風が吹くと私も閉口いたします。きょうは、夕飯を林町でたべて夜下町へ用事で出かけます。街燈のない広い大通りは宵のうちから淋しいものね(ではまた)
 もうきょうは十一日。何という日の経つことは速いのでしょう。きのうは雨のふる中を田圃道をこいで歩いてすっかりくたびれてしまいました。
 あなたに申し上げるのを忘れました
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