たら、彼等は、どちらも、理解されないまま、開かれない扉に面して生活して行く可能が明かなのである。
 私だけが、母上との間を又元の円らかさに返したとて、結局どうなるだろう。何も改善されない。又、元のいつでも争いを起し得る固執状態が帰って来る。
 来年の新年を、林町へ「お目出とう」を云いに行くことも出来ないのかと云う予想は、自分に涙を浮ばせずには置かないのである。
 自分に生活の、愛の確信があり、自分と彼女との性格的差異を熟知して居るばかりで、私は辛うじて今の心持を支えて居る。
 支えて居なければならない必要が、果してあるのだろうか。
             ○
 高い、堅い二つの絶壁の間に、子供が落ちた。目をあげて見ると、空まで真暗にキリギシが聳えて居るのが堪らなく怖い。じっと竦んで、右を見、左を眺め廻した末、子供は恐ろしさに我慢が出来なくなって、涙をこぼし泣き乍ら、小さい拳で、広い地層を叩き出した。
「よう! よーお!」
 両方の絶壁は子供の感情を知った。憐れに思い、何とかしてやりたく思う。泣声は次第に激しく、叩く拳は次第に熱烈に、苦しくなって来る。
 真個に、崖も辛く思う。然し、彼には手がない。彼方の崖にも腕がない。せめて柔かく身でも屈めてやりたいが、後に引続いた地盤は厚く広大で、動きもとれない。
「ようお! よう!」
 オイオイ泣く児を挾んで、崖は、冷たく、堅く立って居るように見えた。
             ○
 金は、無くなると其量だけ結果に於て Less になる。然し、愛だけはそうでなく、不死で、不滅で、同時に、或人の持つ総量に変ることないのを知った。
             ○
 人間が、血縁の深さに惑わされ過ぎることを思う。いつか、人間の如何那関係に於ても、欠けると大変なのは、友情だと云うのを読み、深い真のあるを思う。
 母上、貴方は、どうしてもう少し私や、Aに、友情を持って下さることは出来ないでしょうか。
 A、貴方は、もう少し、一人の友に対して寛大であっては呉れませんか。
 私には、貴方がたのどちらもが、互に害されることを辛く思わずに居られない。どっちからでも可愛がって貰ってさえ居ればよいと云う時代は、いつか過ぎて居るのを知った。

 秋の日の三時頃、縁先に立って、斜にのきばから空を見あげて居た。
 何処かで大工が物を叩いて居る音が響き、ちい
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