髪と頬とは、また次第に色|褪《あ》せて行った。彼女の存在は、再び、周囲の人々にとって、邪魔にならない手伝いの一人というに過ぎないものとなった。
 おもんは、それから六年の間、老夫人が死ぬ迄、彼女の対手を勤めた。
 父の家に戻って暫らくすると、今いるS製菓会社に女工として通い、月々の食費を、僅な日給の中から母に支払った。
 毎朝、薄暗いうちから、おもんが痩た背を丸め、古びた中歯の下駄を踏んで、工場に通う後姿を近所の者が見なれてから、また十年経った。
 僅二十五を一寸越した許りの時、皺の多いおもんの顔は、五十近くの年よりのように見えた。三十を超えると、疲労と寂寥とに蝕まれた彼女の年を当て得る者はなくなった。



底本:「宮本百合子全集 第二巻」新日本出版社
   1979(昭和54)年6月20日初版発行
   1986(昭和61)年3月20日第5刷発行
底本の親本:「宮本百合子全集 第二巻」河出書房
   1953(昭和28)年1月発行
初出:「サンデー毎日」
   1923(大正12)年3月20日号
入力:柴田卓治
校正:渥美浩子
2002年1月1日公開
青空文庫作成ファイル:
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