品を買いに出て、戻って来たのだろう、突っ立ったまま、
「今夜は午市《うまいち》なんだねえ、随分外は賑やかだよ」
と息を弾ませて報告した。
「おや、そうかえ。ちっとも知らなかった……」
 挨拶の中途の、膝をついて息子を見上げていたおふゆは、それで俄に思いついたというように、おせいの方を向いた。
「丁度いい塩梅だ。行って御覧なさいませんか?」
「ああ、そりゃあいい。午市というのはね」
 小関も辞儀をやめにして健介に説明した。
「なか[#「なか」に傍点]に立つ夜市でしてね。植木や何かが主なんだがなかなか盛んなものです――それに何でしょう?」
 彼は、健介夫婦を見くらべながら、にやにやした。
「お二人ともあんな処へは足ぶみもなさらないんだから、ついでにずうっと一廻りして来るとようござんす」
「……さあ」
 健介は、おせいと顔を見合わせるようにして笑った。
「どうしますかね?」
 おせいも、何だか変な心持がした。行って見たいような、また不気味なような。――彼女は、何ということもなく間の悪い心地がした。
「私はどちらでも……」
「一遍は見てお置きなさいましよ。話の種ですわよ」
「御案内役は、私が引受けます。近頃喧しく種々のことを云ったり書いたりする人もあるらしいが、読んだって貴女どこのどんなものだか、外側も知らないじゃあ、話にもなりますまい。またという時はないもんだから、お伴しようじゃあありませんか」
 躊躇しているところを口々に勧められ、おせいは、好奇心の動くのを感じた。全く違った山の手に子供のうちから住み、そんな処にはまるで縁なく育って健介の妻になった彼女には、また何時そんな折があるかも分らなかった。
「……行って御覧になりますか?」
 彼女は、若し健介がいやだと云えば、忽ち断る積りで夫の顔を見た。
「物好きだね。――じゃあ御面倒をかけますかな」
 小関は、如何にも自分達の申出が受けられたのを喜ぶ風に見えた。
「いらっしゃいとも。何にせ東京名物の一つですからね」
 中腰になっていた彼は、立って、せかせかと薄羽織を着た。
「こういうお伴は、大好きですよ。いつだって十一時過頃まで、どこを歩いて来るんだか、ブラブラ出てばっかりいるんですからね」
 おふゆは、後に廻って夫の羽織の襟などをかえしながらおせいを見、肩をすくめて笑った。
 道を歩きながらも、小関が、まるで自分の財産の自慢
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