なるほど、同じような建物が、余りきらきら、余り寂しく立っている。――おせいが、深く黙り込んでしまったせいか、小関はつぎ穂がなさそうに、格子の間を出たり入ったりして、先に立った。
或るところでは、まだやっとはたち位の学生が、わざと顔を隠すように背を丸めて台の男と差し向いながら、何かひそひそ囁き合っている。
或るところでは、独りで入って行った小関を見つけて、男が、いきなり、低く早口に、
「あ。旦那、ちょいと、ちょいと、好い話」
と呼び止めながら、扇を持った手を延して中腰になる。おせいが一緒だとは気が付かず、何か云おうと唇まで出かかった言葉を、ふいと飲み込んで、そのまま素知らぬ顔をする男もある。
行くうちに、彼女は何となく腹立たしいような気分になって来た。
あの男達は、一体どんな心持であんなことをやっているのだろう。胸位まで来る台を控え、パチパチと扇を鳴らし、或る者はすっかり禿げた頭を燈火に照しながら、眼を動して、何か、絶えず求め漁っている。恐らく家があり、妻子がある、あれも夫であり父親であるのかと思うと、おせいは訳の分らない辛い心地がした。
またこの特殊な世界の生活を、倫理上の「問題」とし、同性の「問題」として、考え論究している種々な女の人々は、自分の眼で、この格子と、絵姿と、奇妙な静寂を見た時、どんな心持に打れたのだろう。
おせいには、これらの光景から、何か纏り、組織立った考えが照り返して来るのは、二分も三分も、或は一日も後のことらしく感じられた。
何か読んだものや、聞いたことから、頭で拵えた観念を抱いて来ない以上、素直な心で、この有様を見たら、先ず、これが真実、自分と同じ心を持ち、自分と同じ肉体を持った女、人間に、何か係わったことなのかと怪しみ疑わずにはいられない気がするのではないだろうか。彼女には、実に、解し得ないことと感じられる。しかも、心全体には、無言の裡に、暗い悲しい、憤おろしい迄の激情が迫って来るのである。
理屈でなく、議論でなく、おせいは、巨人のように力のある手を延して、一揉みに、この煌《きら》ついた、しらを切った建物を揉み潰してしまいたい心地がした。
壊れた屋根板を撥《は》ね、折れ倒れた鉄棒を掘り除けたら、中から、始めて、人らしい、涙を流す、自分達の仲間が出て来るだろう。
いくら考えても、嘘だかほんとだか判らないこんな穢い絵姿ではな
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