めど くめど 水はつきず――
つきぬ思い 湧き出ずる。
そをくみあげる
小さな一つの 釣瓶
昼はひねもす 夜はよもすがら
ささやかに 軋り まわれど
水は つきず
わが おもい 絶ゆることなし。
或時は、疲れたる手を止《とど》め
瞳遠き彼方を見る。
美しい五月の自然
白雲の湧く空のすがた
ほのかに 芳香をまき
少女のように咲きみつる薔薇花。
されど ときには 指もたゆく
心もなえて 足もとを見る
あわれ わが井戸の 小車
いつも いつも くるめくと。
くるめく 井戸の小車
天をうつす 底ひの 水
滾々《こんこん》と湧き満ち ささやかになり
われを待つ。
愛らしいわが原稿紙(25th May)
愛らしいわが 原稿紙
おまえが、白紙に青の罫を持ち
その罫を
一面の文字で埋めて居るのを見ると
私の心はおどる。
朝、さっぱりと拭き浄められたマホガニー色の机の上で、
又は、輝やいた日の午後
北向の障子の棧が
単純な 日本の四角を浮上らせる傍に。
八畳の 部屋に入り
縁に出ようと 机のわきを過る時
ちらりと見る お前の姿は
何と云う楽しさだろう。
私は、十九の恋人のように
そっと眼の隅から、お前を見
思い切れずに 再 見なおし
終には 牽かれて その前に腰を下して仕舞う。
あかず眺め、眺め
心は故郷《ふるさと》に戻ったような安息を覚えるのだ。
ああ、わが愛らしい原稿紙
いつも、お前の 懐しい乳白色の面の上に
穏やかに遮られた北の日光を漂わせよ
夜は、麗わしい台ランプの
穏密な緑色のかげを落して
われとともに
うたい、なげき、悦びにおどれ。
愛らしい 愛らしい わたしの
原稿紙。
同じ題
何と云う すなおな心を持つお前か
私が泣けば、お前の面も曇らずには居ない。
私が歓びに打ち震え 見つめれば
おなじ悦びに 眼を瞠り 微笑む。
夜のとも
昼のとも そして わが一生の友、原稿紙。
一ひら 一ひら、お前を、
市井の文具店の蔵から迎えよせ
私の周囲には、次第に多くのまといが出来た。
それ等の声に耳を傾け
私も亦 人に洩れぬ 私語《ささやき》で 物語り
見えぬ友情
絶ち難い 愛が 二人の胸を繋ぐ。
私は、此一生を
お前の 愛に捧げよう、
我生をその愛に献じ
魂をこめて生命を伝えたら
生存が お前の奥に埋もれ切った時
お前らは 私の囲りで 素晴らしい
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