*
新芽をふいた世界は
鋭角になり 緑になり
平面に延る人間の心を 擾乱する。
夜中の雨に じっとりと濡れ
膨らんだ細葉を 擡げ 巻き立ち
陽を吸う苔を見よ。音が聴えそうだ。
又は勁く、叢れ、さっと若葉を拡げた八つ手、
旺盛な精力の感、無意識に震える情慾の感じ。
電車の音、自動車の疾走
戸外は音響に充ち
少年は、頻りに口笛を吹く。
静謐な家の中 机に向い
自分は、我と我がひろき額、髪を撫でこする。
*
心に興が満ちた時
お前は、何でもするがよい。
絵を描け、強いタッチで、グレコのように、絵を描け。
歌も唱え、
美しきマイ、アイディールをきいて、泣くお前。
静かな月光が地に揺れ、
優しい魂が心を誘い 愛撫する時
愛やよろこびが、手足を動かさずには置かないだろう、
あこがれを追う手、
過ぎて行く影を追う足。
バクストは、それに、衣裳をかくのだ。
*
今日は 何と云う日だ
自分が[#「自分が」に傍点]詩を書き、
一つ二つ 詩を書き
まだあきたらず 三つ四つ
詩を書く。――
妻と云う位置、仕事という繋制
皆自分から とけ去って
此処に 只、一人 裸形の女がある。
歌おうか、踊ろうか
ギリシアの少女のように
何故! 手脚は靭《しな》やかに舞わないのか
狭い日本、小さい社会
心は あまりに拡がる。
素朴に 感激を表わそうとする女
裸形の 人間 はなにか。
五月三日
芸術の 真の 畏ろしさ
心に 真実 愛が満ち
信に安らいだ時
私は始めて 物も書ける。
働くことも愉快になる
女中なにか。何!
物が真個に書ける時
私は、うれしく働ける。
生きることの ありがたさ。
何故いつも、斯様にはあらぬか
わが、こころ。
*
あわれな、わが、こころ、
歓びに躍り
悲しみに打しおれ
いつも揺れる、波の小舟。
高く耀き 照る日のように崇高に
どうしていつもなれないだろう。
あまりの大望なのでしょうか?
神様。
*
自分は 始め 天才かと思った。
あわれ あわれ は……。
然し、その夢も 醒めた。 有難い。
今は、一片の草のように
つつましく、愉しく、熱心に芸術に向って居れば。安らえる。
発育
始めに 本能の憤りが 来
次に 道徳 正義の感が起る。
やがて そろそろ 耀きの実体が見え
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