五ヵ年計画とソヴェト同盟の文化的飛躍
宮本百合子
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)洒落《しゃれ》
|:ルビの付いていない漢字とルビの付く漢字の境の記号
(例)学校、|革命の家《コンムーナ》
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#ここから2字下げ]
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一九三〇年の夏のことだ。
ソヴェト同盟では、世界のブルジョア学者、政治家が口を揃えて嘲弄した生産拡張の五ヵ年計画をあらゆる革命的勤労者の支持と、偉大な努力とで、第二年目を終ろうとしている。ソヴェト全土に燃えるような飛躍と建設が響き渡っている。
わたしは、その夏、ウクライナの大国営農場「ギガント」を見学に行った。鉄道の沿線からはじまって、目もはるかな大農場は麦の波だ。そこを、ゆるゆる地平線に向って滑走中の飛行機のようなコンバイン(苅入機)が進行している。
古貨車を利用してこしらえた農業労働者のキャンプのわきには、炊事車が湯気を立てている最中だ。
婦人労働者の派手な桃色のスカートが、炎天のキャンプの入口にヒラヒラしている。彼女は日やけした小手をかざして、眩しい耕地の果、麦輸送の「エレバートル」の高塔が白く燦いている方を眺めた。キャンプの車輪の間の日かげへ寝ころがって、休み番の若い農業労働者が二、三人、ギターを鳴らして遊んでいる。
郵便局、農場新聞発行所。労働調査のために医員が出張して、一つのキャンプを試験管や血圧検査機で一杯にしている。
「ギガント」事務所のわきにフォードの幌形自動車がとまって、踏段に片足かけ、パイプをほじっているのは、縞シャツのアメリカ技師だ。洒落《しゃれ》た鎌と槌との飾りをつけた小屋に、国立出版所の売店が本をならべている。――
大体ソヴェト同盟の五ヵ年計画は、いろいろと予想外の飛躍をもって進展しているが、例えば農村における集団農場化の問題がある。
これは、ソヴェト同盟の最も積極的な勤労者が期待したより更に成功的に行われている。
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集団農場に組織された農戸数
一九二八年 四〇〇・〇〇〇
一九二九年 一、〇〇〇・〇〇〇
一九三〇年 六、〇〇〇・〇〇〇
一九三一年 九、〇〇〇・〇〇〇
播種面
一九二八年 二百万ヘクター
一九二九年 六百五十万ヘクター
一九三〇年 四千三百万ヘクター
一九三一年 六千五百万ヘクター
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ただ大規模な農場機械をつかって、耕し、蒔き、苅りとるというだけならそれは、アメリカの大経営の農場がとっくの昔にやっている。だがアメリカで精巧な農業機械は農業労働者に何をもたらしているか? 一九二九年秋以来アメリカには農村恐慌がある。
ソヴェト同盟の耕地に一台トラクターが運転されることは、直接集団化された農民に何割かの確実な収益増大を約束するばかりではない。トラクターと一緒に文化がやって来ている。
「ギガント」から一時間ばかり汽車にのっかって行くと、「ウェルブリュード」という国営大耕地の真中に、農業機械専門学校がある。建ったばかりの校舎、寄宿舎、労働者住宅などが快活に花園をかこんで窓々を開いている。男女の学生、未来の技師たちは、五年以上職場にいたものに限られている。
ロストフ市の郊外に新しくプロレタリア文化の壮麗な城のような「セルマシストロイ」(農業機械製造)の大工場都市がある。これは純然たる社会主義都市計画によってつくられた町だ。
明るい、電化された大工場を中心に共同食堂がある。消費組合売店ではラシャの布地まで扱っている。托児所、学校、|革命の家《コンムーナ》、病院は建築中だ。案内の若い、労働通信員をしている技師と工場内の花の咲いたひろい通路を歩いていたら、こっちでは電熱炉で鉄を溶かしている鍛冶部の向い側のどこかで、嬉しそうなピアノの音がしはじめた。
「セルマシストロイ」は巨大工場で未完成だ。各部がまだクラブを職場の近所の建物の中にもっている。丁度昼休みで、ソヴェト同盟の労働者が仕事着のままその前に坐っているピアノの音が聞えはじめたという訳だ。ここではタイプライターで綺麗にうった職場の壁新聞を見た。
強烈な、新鮮な建設の現実にうたれてモスクワへ帰って来た。
間もない或る日、国立出版所の店へ行くと、どこか店内の模様がかわっている。見ると、これまでズラリと壁にはめこまれていた本棚とは別に、一つ大きい本棚が飾窓のこっちにこしらえてある。
経済。農業。機械。
五ヵ年計画に関するパンフレット。
政治。
党に関する文献。
反宗教。
そういう貼紙が本棚の各段ごとにある。人が絶え間なくその前にたかり、或る者は手帳を出して書名をひかえている。或る者は直ぐ黒い上被りを着た店
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