命分子は、徹頭徹尾の悪玉だ。
劇の第一幕から終りまで、二つの型の対立的争闘が描かれてあるだけで、卓抜で精力的なコムソモールは、反動傾向の中にまじっている浮動的な分子を正しい建設に協力させ獲得するために組織的努力をすることも見落されているし、推移する工場内の情勢がおのずから反動派の内部に或る動揺や分裂を起させるという現実をも見ていない。
党は、青年部にそういう消極的な戦術についての指令は、どんな時にでも与えたことはなかったというのが、第一の若い大衆からの批判であった。まして、社会主義的戦線の拡大と強化に熱中している一九二八年以来の実際に即して観察すれば、作家ベズィメンスキーのそういう理解は、明かに一つの非弁証主義的誤りであることが指摘されたのは当然であると思う。
革命的なプロレタリアートの不屈な意志と細心な努力とが日常生活の実際を貫いて、意識のおくれた勤労者たちの階級的行動に日光が植物に作用するような影響を与えている。
五ヵ年計画実現の或る政策、特に集団農場化のような場合、はじめはグズグズ疑りぶかく、反動的に小さい自分一身の利害の勘定ばっかりしていた貧農、中農が、やがて農民としての損得から云っても集団化された方が得であることを合点し、仲間の中からの活溌な自発性に刺戟され、おいおい、積極的な集団農場員となってゆく実例は、ほとんどすべての地方の集団農場にも見られた。
工場内でも、それは同じであった。生産の場所でのウダールニクの価値は、はじめ何人かで組織したウダールニクによって行われる組織ある戦術が次第に一般勤労者の階級的自覚をたかめ、自発性を刺戟して、遂には工場全体をウダールニクに加入させてゆくことにこそある。宗派的に少数でかたまりきって、英雄主義に耽ることではない。ベズィメンスキーは「射撃」の中で、この大切な階級的心理の洞察をおとしているのであった。
それ等の点について大衆とラップの内部から批判がおこったとき、ベズィメンスキーは云った。「自分は反心理主義だ。現実には肯定と否定との両極しかない。現代ではそれがはっきりしているし、そうなければならないんだ。」
ベズィメンスキーの、こういう固定した対立の理論の柱は、理論家ベスパーロフのところからもって来られたものであった。ベスパーロフは、文学理論の大家ペレウェルゼフの弟子の一人である。ペレウェルゼフは、一九二九年十一月から三〇年の一月まで、コムアカデミー内文学言語部によって彼の哲学及び文学理論上の誤謬を指摘された。後、ベスパーロフは自己批判してラップに加盟したのであった。それにも拘らずベスパーロフの理論の中には、多分な機械主義があり、詩人ベズィメンスキーの極左主義と結びついた。
大衆は、集団農場化の実践において、仕事が困難であるため特別に多かった極左的な誤謬を、党が、どんなに厳密に批判したかを、よく知っている。農業の社会主義化に関するブハーリンの右翼的誤謬といっしょに、極左的誤謬も、スターリンのステートメントによって屡々指摘批判された。
プロレタリア文学の領域でも左右両翼への偏向がプロレタリアートによって正当な批判を受けたのであった。
プロレタリア・リアリズムにむかっての具体的な出直しの試みとして、ソヴェトの文学は大胆に生産の場所からの生のままの報告を、領分の中にとりいれはじめた。
ラップの機関紙『十月《オクチャーブリ》』をあけて見ると、生活記録とか、生活の道とかいう特別欄がある。そこに短篇風な作品がのせられているのだが、例えば「二週間」という題と筆者の名と更に「鉛筆で」とか「ブロックノートより」とか、「日記から」などと註が付されている。作者が、集団農場へ行って蒔つけ時の二週間を暮して、そこに行われる労働、農場員の性格、彼等の社会主義的達成などに関する見聞をまとめたものだ。
素材はほんとに見たまま、聞いたままだ。文学的趣味で彩飾されたものではない。小説ではない。しかし、論文でもないし、ただの外面的な旅行記でもない。社会主義化されてゆく生産の場所とそこの人間との中からの事実的記録だ。
ソヴェト同盟では、そういうプロレタリア文学の新形式にまだこれぞといってきまった名がつけられなかったうちに、ドイツ人が持ち前の学者気質で「報告文学」という名称を与えた。(その「報告文学」という名は更に忽ち日本につたわった。)
同時に、若いコムソモール等が、職業的な作家としてではなく党員として麦穀買つけの実際に二年間も働いたときの経験を記録した「コサック村」などが出版紹介され、好評を博した。
五ヵ年計画によって、生産労働者の自発性《イニシアチーブ》がたかまって来るにつれて彼等の文化的水準もメキメキ盛りあがって来た。
「ソヴェトのプロレタリアートは、もう芸術の消費者ではない。生産者と
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