来ねえ。思って見な。『ブルスキー』へはやっと前の年からトラクターが動き出した。すると忽ち女連が肥って、脂がのりはじめた……きまりきってるサ、嘘だ! 俺達はあらかた九年コンムーナで暮してる。それでも女連の中で一人だってまだ肥えた者なんぞいねえヨ。それどころかコンムーナへ新規に入って来る者なんぞは一月に二三キロも目方が減るぐれえなもんだ。これでよく分る、『ブルスキー』へどんな連中がより集まったか。懶《なま》けもんだ! 天からマンナ[#「マンナ」に傍点]が降るのを待ってるみてえだ。ブルスキーの連中は自分で云っている。トラクターで楽しようって。馬鹿のより合いだ。共同耕作の暮しなんて……信じられねえ。
 自分のところの例で見てもよ、俺達んところにも共有地のことでごたごたがあったが、ああいうもんじゃなかった。成程、揉めた。ポリトフがやって来て地方委員会書記なんぞぬきに、皆をドナリつけた。誰も彼もコンムーナへ地面をだすことに同意した。みんな沸き立って喋ったけんど擲り合なんぞはなかったんだ」
 革命までブリーノフは上ルジェンスキー村の中農で村では口ききだった。ヨーロッパ大戦当時は、運転手をつとめた。コンムーナ「五月の朝」の組織者の一人で、トラクター管理をまかされている。彼は「貧農組合《ブルスキー》の中に、今集団農場のことが出て来るか、今出て来るかと、そればっかり期待して聞いていた。ところがすっかり当がはずれた。ブリーノフはもう九年コンムーナで暮し、それがどういうものだかよく知っている。
「けれども、そういうとこで暮したことのねえ者は『ブルスキー』を読んできかせて見な、ドマついちまうよ。一体どんな集団農場だね? バカと荒地だ」
「パンフョーロフは、謎ばっかかけるけれど、その終りが、ありゃしない」
 細い、確かりした眼付でブリーノフはつづけた。
「シロコイエ村に、階級闘争が起らなくちゃ成らなかったべえか。俺にゃ分らん。村のあらかたが富農だ。たった一人の貧農シュレンカは懶けもんだ。そこにどんな闘争があるかね」
 人物が活々描かれていない点がブリーノフにとっても不満足だ。まるで村を通って、百姓に出会ったはいいが、挨拶して、そのまんまわきを通りぬけちまったような工合だ。言葉が持ってまわっている。ほんとに農民らしい、一言きいて多くのことが分るような上手い言葉なんてものは、一つもこの小説の中には
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