本の人民の独立に関する一つの問題としてあれほどみんなが関心をもった大学法案、二十七名の中立的な学者たちが反対署名した非日委員会問題、「南原の線を守る」という表現がある意味では常識となって来ているほど広汎に人事院とりしまり規則に反対している人々の群。
「南原の線」は、彼がワシントンの占領地教育問題の会議で行った演説の内容をつたえられてからは、平和を確保しようとする日本の全面講和の問題に対する一般の人々の態度のなかへも延びて来た。それらが、福田恆存にとって、「自覚せる実践をしいられるほど決定的なモメントをもっていないことです。」「すなわち八月十五日の天皇の放送ほど決定的ではない。」というのは、どういうことであるのだろうか、と。
「中共の確定的勝利」は、地球上もっとも大きい人口をもつ中華人民共和国の誕生によって、日本人民をこめるアジアの未来の運命の方向が決定的に変革された人類史上のできごとである。そういう内容のことがらを、政府の労働者階級抑圧のためのねつ造が大きく作用している下山、三鷹、松川、平の事件などと並べ、その大部分がいかにもあいまいで、うそでないにしても、ほんとの程度がはっきりしないと、していることは、こんにちの知識人の常識の底をわっている。日本の人民は国内国外のできごとについて、事実を明白に知る自由を妨げられている。そのことへの抗議としてならば、わけもわかるが、あいまいであるというのが評論家自身かいている中共の確定的勝利[#「確定的勝利」に傍点]そのことに対して云われているのは、そこにひとにはわからない皮肉がこめられている次第でもあろうか。
世界には、きょう、少く見つもって六億の男女が平和を擁護し第三次の戦争を挑発するファシズムに反対して民族の生活と文化の自立を確保しようとしている。ファシズムによる第二次大戦は、破壊の残虐と痛苦で人類の心臓を出血させた。そして、きょうになってみれば、生命を奪われ生活を破壊されたものは、どこの国においても人民の老若男女、子供であったことが、いよいよ明瞭である。
日本のなかでの帝国主義のもとで、今日の権勢が暴政であることを感じつつあるのは、労働者・勤人や学生ばかりではない。中小商工業者の破滅とラジオ、新聞をふくむ文化、学問への抑圧はどれも一つ同じ原因から発している。河合栄治郎の公判記録が、『自由に死す』というパンフレットになって刊行された。彼のような穏当な学究さえも彼の理性が超国家主義と絶対主義に服従しないで立っているという理由で起訴され裁判された。河合栄治郎が学者としての良心の最低線を守ろうとした抵抗の精神は、人事院規則に対する南原の線を守る人たちの抵抗でもある。
日本の平和擁護のための運動に対して傍観的であり、あるいは嘲弄的であるのは、福田恆存一人ではない。福田恆存がそこに加っていないということで日本の「平和を守る会」や「知識人の会」が、その動機と行動において、ほんとの程度がわからないという客観的よりどころにはなりようもない。
「メダカはカタマルのが好き」というある作家の言葉は一九四九年度にも民主的な動きへの嘲弄の道具につかわれて来た。しかし、どんな孤高の人が、輸送船の中へカタメテつみこまれなかったろうか。ジャングルの中にカタメテすてられた部隊から、一人はなれた人の飢餓と苦悩の運命の終焉が、カタマって餓死した人々の運命とその本質においてどうちがったろう? 最悪の運命の瞬間に、八千五百万の利用できる人々としてカタメられることを拒絶するために、カタマル人民、メダカの精神とその発言のうちに現代史のヒューマニズムがある。
外面の卑下と内面の優越をもって「であります」調の私的評論が流行したのも一九四九年の一現象であった。個人としてそれらの人々がどのように歴史の現実をうけとり、それを表現し、そのことによって、進んでゆく歴史と自分との関係を、おのずから客観の証明のもとに浮き上らせてゆくことは、もとより各人の自由であると思う。
だけれども、社会と文学との諸問題について、「同時代に対する少しぐらいの盲点をおかしても、むしろ現代の論理を把握する技術として、創造への道を提示する」(「批評の盲点」瀬沼茂樹)批評があってよいし、なくてはならないのは、事実ではないだろうか。「現代において、現代の真の意味から文学を判断することは生やさしいことではなくても、日常批評においても、仮りに私が一定の歴史的立場からする批評とよぶものを貫徹することが必要である」(同上)
福田恆存のように一九四九年を、「知識階級の敗退」の年と概括することは、日本の内部に実在する民主的勢力の実際のうごきをあっち側に立って見ての一方的な見かたになる。一九四八年の下半期から四九年にかけて、基本的人権の防衛に関する生活実感の高まりと民族の自立の
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