間もなく、この大天幕の裡から一人純ツラン風の装いをし、纏布に真赤な羽毛飾をつけた将らしい男が現われた。
出て来ると、その男はぐるりと高地の下に展開したイラン方の陣を瞰下した。そして、引かえすと、今度は別な四五人の将と連れ立って再び現われた。自分が中央に立って此方を指しながら、頻に何か説明している。やがて集団が少し解ぐれ、一人一人の椅子が見えるようになると、ルスタムは、思わず、二三歩馬を騎り出した。この群の中に、確にギーウの話した若者らしい兜を戴いた者がいた。兜を戴いた戦士は独りだけもとの場所を動かず、時々キラリ、キラリと鋭く兜のはちを西日に煌めかせながら熱心にイラン方を観察していた。
二十八
間もなく、その兜の戦士は、手を上げて、散りぢりになりかけた他の将等を呼んだ。彼の囲りには再び小さい集団が出来た。そして改めて何か、探しでもするように方向を更え、イラン勢を展望し始めた。
ルスタムは、遙彼方に小さく見えるそれ等の敵の行動から、何か重大な、意義ありげな一種の感銘を受けた。兜の男の一挙一動は皆それぞれ意味のあるもので、彼自身が此方でこうやって視、感じ、考えていると同じ心が籠っていることを理解される。これはルスタムにとって珍しいことであった。彼は、老練な狩人のように、敵の本能、賢さを見るのは速かったが、相対の人間として同感を持ったことなどは、殆どなかったのであった。
兜の男は、一定の距離の間を往復しながら、頻りに此方を観ていたが、やがて止って傍の者に何か命令した。命令を受けた男が何処へか去るとすぐ、一人の兵卒が、手綱で二匹の乗馬を牽いて現れた。兜の男と赤い羽毛飾をつけた男とが、ひらりとそれに跨った。
彼等は暫くの間、並足で高地の端に沿って騎って行ったが、一寸、物かげに隠れると、今度は別な方から、小刻な※[#「足+(炮−火)」、第3水準1−92−34、381−6]で出て来た。ルスタムは、二三遍、馬の背で調子よく揺れる兜の煌く頂が、見えたり隠れたりするのを追った。けれどもふと、一つ向きが更わると、そのまま二人とも高地の奥へ見えなくなってしまった。
ルスタムは、急に索然とした失望を感じた。それでも、今来るか、今来るかと思いながら、彼は永い間、其処から動かなかった。
騎士等は、きっと何処か別な、彼に見えない処で降りてでもしまったのだろう。
ル
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