おし出し(プロレタリア文学の伝統を発展的にうけ入れること)、同時にその連関をもって具体的に現代文学の全野にふくまれているより大きい社会性への可能を、それぞれの道の上に安心して花咲かせるために協力するというよろこばしい活力を発揮し得なかった。
 一九四七年以後は、総体として日本の民主革命の目標の不明瞭さはそのままで、一方から民主主義文学は即ち労働者・勤労者の経済・政治闘争に利用されるものでなければならないという一面に傾いた見解がつよくおこった。ある種の文化・文学活動家たちがこの見解の支援のためにうごかされたことも、職場の文学サークルの分裂がある意味ではそこからひき出されたことも、この数年間民主主義文学運動にたずさわって来ていた人が公平にかえりみるならば、すべて理解するとおりである。
 ジャーナリズムにはあらわれることのなかったこの期間の努力で、民主的文学の基本的理解の転覆は防がれたのであった。昨年の新日本文学会第五回大会で行われた窪川鶴次郎の報告「批評の任務」は、少くともそのようないきさつを経た上での報告であった。同時に、この第五回大会は、民主的作品をこめる現代文学の創作に関しての報告をぬきにした。その点で最もつよく新日本文学会の弱点の示された大会でもあった。

 わたしたちは、率直に、民主主義文学批評の方法は、こんにちではさびついた部分をもっているという事実を認めていいと思う。多くの民主的批評家を我ながらぎごちなく感じさせているにちがいないさびつき[#「さびつき」に傍点]の徴候は、一九四七年第三回新日本文学会大会にあらわれた。この大会で民主的な文学作品について報告する責任をもった佐多稲子は、小説部会の評価が各作品について全く対立的である場合が多い、評論部会は、民主的文学の評価の基準について検討をするように、と要求した。評論部会はそれを課題としたわけであったが、様々の理由からそれはたやすい仕事でなかった。民主的な評論家たちの次のより深い危機は、太宰治の死に際して歴然とした。太宰治は、現代の広汎な読者の心理に影響をもっているから、簡単にやっつけてはいけないというような理由で、民主的評論家の発言がひかえられた。
 考えてみれば、これほど妙なことはないわけだった。大衆の心理に――理性でもなければ、歴史的認識でもない破壊された生活気分に――つながるものであればこそ、民主的な批評家が、多くの人の、その気分とその気分を商品化する文学の枠の外から、太宰治という一人の人生と文学の悲劇らしいものを客観的に検討してゆく任務があるはずであった。しかも、発言をおさえる傾向が、民主的批評家はやっつけるだけ[#「やっつけるだけ」に傍点]、という風な自己評価から出発しているとすれば、批評家は、自分たちの批評の方法について、重大な省察と再検討をするべきであったと思う。だが、それはなされなかった。波は岩の上をザーと流れただけだった。
 文壇的な評論家や批評家が、私小説とそのリアリズムを否定した先の創作の方法について、より社会的なひろがりにたつための具体的前進の道を示しかねていたこの年々、文学上のひろばである創作方法の研究は、民主的批評家たちによっても、決して十分鋤きかえされたとは云えない。プロレタリア文学運動は一九三二年ごろまでに、一応社会と文学、階級と文学、世界観と文学、文学の客観的評価の基準、文学の課題と創作方法などの関係について原則を見出した。その原則を原則なりに新しい文学の基礎認識として普及しようとしていた時代の社会科学的批評の方法を、一九四五年以後の民主的文学運動はどのように発展させることができただろう。新しい現実にふさわしくしなやかで、機能の高い関節をどんなにふやすことができただろうか。まけおしみぬきで、事実を事実として見るならば、民主的文学運動におけるこの地点には、思いのほかの地すべりがある。
 太宰治の死に際して、受動的な形であらわれた民主的批評の実質についての危機は、つづいて一昨年の初夏、多くの文学者が、反ファシズムと戦争反対の要求にたって民主的陣営との統一的な動きにすすんで来てから、今日にまでの民主的批評家の活動にあらわれている。
 こんにちファシズムに反対し、世界平和を求め、原子兵器使用の惨虐に抗議している文学者は、その数において、科学者よりも少いとは考えられない。これらの文学者は、それぞれ日本と世界平和とすべての民族の独立のためのアッピールに署名しているし、ふさわしいと考えられる団体に加わってもいる。けれども、文学者として、創作されつつある文学的成果が、同じひとの社会的行為としての平和運動への参加などと、まるでかけはなれたものであるとしたらどうだろう。場合によっては、彼の署名そのものを否定しているような客観性をもつ作品であるとしたら、その
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