ないはずである。
私小説的リアリズムを否定したからと云って、いきなりシュール・リアリズムと社会主義的リアリズムとが対決をもとめられるという現実もあり得まい。社会主義的リアリズムは、度のくるった近眼鏡のように一定の距離をもって遠くにあるものを目まいのするほど近づけて見せる方法でもないであろうし、魔女の箒のように、一定の観念にまたがって、歴史の現実をとび越すすべを奨励するものでもないはずである。社会主義的リアリズムを、別のことばで表現すれば、それはとりもなおさず、前進する人類社会の歴史の見とおしにたって、いりくんで発言されている階級及び個人の主観的主張の裏にまでかいくぐり、現実の諸過程の様相と本質(表現と主題、題材と主題)とを統一的に把握し再現してゆこうとする客観的な方法である。民主的文学運動は、靴の中に一つの痛い魚の目をもって歩いている。文学における政治の優位性という概念規定の非科学的な、したがって非現実的な解釈のしこり[#「しこり」に傍点]の疼きである。民主的な文学の困難さは、微妙な形で中野重治の「五勺の酒」にあらわれている。異った角度からいくつかの問題を示唆して「三度目の世帯」と島尾敏雄の「ちっぽけなアヴァンチュール」との対照、そこからひきおこされている批評の性格などがある。
批評の基準の確立ということは、一本の棒ですべての作品をくしざしにする意味でないことは、云うまでもない。民主的な文学運動の方向にたって現代文学の全野のできごとに――もとより作品にふれて、絶えず活溌な照明を働かせ、それぞれ異った作品と作品との間に発見される課題を、作家と読者との前にはっきり示して、それについて作家と読者とが、現代に生きるという角度から精神活動をいきいきと刺戟され、自発的な一歩の前進を誘われずにいないような仕事の基準のわけである。
民主的批評は、たしかに、新しくてしなやかに若い四肢をもとうとしている。多面的であろうとしている。しかし、それがたやすい仕事でないことは、たとえば『新日本文学』六月号瀬沼茂樹の作品評に示されていたと思う。瀬沼茂樹は去年の末、批評の無力論に抗して歴史の課題とてらしあわせて見る態度を失わなければ、錯雑した文学現象のうちに、おのずから見えて来るものはある筈だと語っている。しかし、六月号の批評では、大岡昇平がスタンダール研究者であるという文学的[#「文学的」に傍点]知識に煩わされて、その作者が誰の追随者であろうとも、作品の現実として現代の歴史の中に何を提出しているかという点が、力づよく見きわめられなかった。火野葦平の「悲しき兵隊」、林芙美子の「軍歌」をまともに分析検討しないなら、文学者の平和運動への協力は、どこに実感の真実性をもつだろう。佐多稲子の作品をかたるとき、批評は生活派らしい座りかたになり、地声となっているが、論点は作者と読者を肯かせるところまで掘り下げられていなかった。大岡昇平、火野、林などの作家にふれた前半と後半とはばらばらで、きょうの日本とその人民が歴史的におかれている大きい背景をもって諸作品が有機的に評価されるためには何かが足りなかった。
創作の方法は、世界観から規定されると云われたのは一九三〇年代のはじまりからである。しかし、生活と文学との現実にあるこの逆の道行きについていつ語られただろう。すなわち、創作方法は、その作家が歴史をどう生きるかの課題であるから、ある人々にとっては、創作方法の真摯で客観的な追究を通じて、より社会的な世界観への戸口をひらかれる可能もある、ということについて。――
現代文学がよりひろくつよい社会性に解放されようとする意欲において真実ならば、現代文学のすべての創作方法が、きょうは、その研究のひろばにあつまって、文学の精神のより世界史的覚醒のために協力しあっていい時だと思われる。
民主主義文学の「独自の線」は、現在の過程のうちに見えている。そのような要因を前進の方向でとらえ、発展のための仕事を準備し具体化してゆくことのうちに貫かれる。文学におけるたたかいとは、いつのときも、より歴史の真実とそこに生きるより多数の人民の実感に迫った作品を生み出してゆくことであり、生み出させるようなモメントを提出してゆくことであると思う。[#地付き]〔一九五〇年八月〕
底本:「宮本百合子全集 第十三巻」新日本出版社
1979(昭和54)年11月20日初版発行
1986(昭和61)年3月20日第5刷発行
底本の親本:「宮本百合子全集 第十一巻」河出書房
1952(昭和27)年5月発行
初出:「新日本文学」
1950(昭和25)年8月号
入力:柴田卓治
校正:米田進
2003年4月23日作成
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