本社会党は、あのような醜状をさらして、どんなおとなしい人の心にも幻滅を与えた。そのような日本の民主化の、種《たね》ぐされをしん[#「しん」に傍点]から気の毒に思うだろう。
 実際には、『毎日新聞』の世論調査が示しているようにブルジョア政党は人民から支持されてはいない。その事実は、この頃の税務所の窓口へ行ってみればわかる。街の老若男女が、強硬不屈に、去年よりは十倍と新聞に報じられている所得税の誅求に対してたたかっている。
 世論調査には、莫大な費用がかかる。人手もいる。そのために、その費用の支出にたえ調査機関としての人手をもち、同時にその世論調査そのものがそれを行う経営にとってあるニュース・バリューをもって宣伝に役立つ場合、世論調査がとりあげられやすい。日本のように民間の世論調査機関が発達していず、しかも官僚統計は不備不活溌である場合、日本全土にわたる配布網、宣伝網をもつ大新聞が、比較的たやすく世論調査の便宜をそなえている。
 日本では大新聞が世論調査の便宜をもっているということに、小さくない問題がある。たとえば十一月一日に各新聞紙が刷りこんだ読者調整カードというものがあった。あのカードへ、これからよみたい新聞の名をかいて、新聞読者調整事務所といういかめしいところへ送ってやれば、欲しい新聞がよめるというしかけになっていた。これまでよみたい新聞がよめないで、代りにとれる[#「とれる」に傍点]新聞でがまんしていた人々は、この際一つをやめて新しく一つに切りかえることも多かったろう。その際、同じとるなら代表的な新聞を、と考えるのが人情だと思う。かりに、そうして小新聞ととりかえられたただ一種類の大新聞が、かりにその世論調査で、日本人の政党支持を、民自党第一位としていたとすれば、その読者に批判力がない限り、やっぱりそうか、という風にその人としての世論もその方向に組織されがちである。内心あやしいと感じながら、その生活者としての本能の声に半ば耳をかしつつ、旧勢力に自分の運命を少くとも或る期間翻弄されるのである。

 世論調査の結果が、かならずしも自然にあるままの社会各層の民衆の意見をあらわすものでないという真実を、世界に公表したのが、こんどのアメリカにおける大統領選挙に関するギャラップその他の世論調査の敗北である。トルーマン大統領の敵手であった共和党の候補者デューイ夫妻の意外さと、ギャラップその他の世論調査所の人々の長い顔とは、一九四八年の世界のユーモアとなった。最も真面目な教訓の一つでもあった。汗顔の至り、という東洋の適切な形容のことばを我身にひきそえて感じた人々は、世界にどっさりおり、日本の中にもたくさんいただろう。この日ごろ日本の新聞としての公器性が失われていることを遺憾に思っている真面目な人々は、十一月三日のほとんどすべての新聞がデューイ氏当選確定とかき、デューイ氏断然勝たん、共和党早くも祝賀準備と、まるで丸の内へんで見てでも来たような記事をのせ、『読売新聞』が第一面の中央に、白堊館の主となる? トーマス・デューイと外国記者の記事をのせたりしていたのを、決してただ眺めてすぎることをしないであろう。それらは、記憶される。日本の人民のうけた意味ふかい教訓として記憶される。実利実益の見込みにからんで国内をつよくひろい幅で流れまわったこのたびのアメリカ大統領選挙の予測の方向につりこまれて、複雑な現実がひきおこす誤差に思いも及ばず、一二の雑誌がみっともなかったとしても、その現象をいたずらに嘲笑することはできない。はい、という言葉とありがとうということばしか意志の表示を知らないように自分の政府によって指導され扱われている日本の人々が、幾年かのちのまたこうした場合に立ちいたって、ついうっかり自分たちの現実判断をとりちがえ、植民地人民の世論調査によれば、などととんだ利用価値を発揮したりするあわれさを示さないように、わたしたちは手堅い自立の訓練を身につけなければならない。

 こんどのアメリカ大統領選挙予測では、ギャラップ博士の米国世論調査所を筆頭に、アメリカのほとんどすべての世論調査機関が、失敗した。十一月六日、七日と『東京新聞』にのせられた小山栄三氏の「世論調査の誤差」は世論調査の技術について素人である多くの読者にとって興味と知識とを与えた。あの記述によって大統領選挙予測で、その調査所の権威を失墜させたのは今回のギャラップ博士の米国世論調査所その他の例ばかりでなかったことがわかった。一九三六年ルーズヴェルトとランドン両候補の間に大統領選挙がたたかわれたとき、当時アメリカにおいて世論調査の最大権威とされていた『リテラリ・ダイジェスト』誌の世論調査が、ランドンの勝利を予測し、誤差一八%で、ダイジェストは「四十八年間の光栄ある世論調査の歴史が汚れてしまった
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