の意見するけれ共一度でも親の云う通りにはならないで「一体何と思って居らっしゃるんだか。此んなに家の富栄えるのも元はと云えば私が智慧をつけたからじゃあありませんか」と折々大事を云い出してはおびやかすので自分の子ながらもてあまして居た。或る時自分で男を見つけて「あの人ならば」と云ったのでとにかく心まかせにした方がと云って人にたのんで橋をかけてもらい世を渡る事が下手でない聟だと大変よろこび契約の盃事まですんでから此の男の耳の根にある見えるか見えないかほどのできもののきずを見つけていやがり和哥山の祖母の所へ逃げて行くと家にも置かれないので或る屋敷の腰元にやった。そうするともとからいたずらものなので奥様の手前もはばからないで旦那様にじょうだんしかけいつともなく我物にしてしまった。けれ共奥方は武士の娘なので世に例のある事だからと知らぬ振してすぎて居た。それだのに小吟はいいきになってやめないので家も乱れるほどになったので事をへだてぬ夫婦の間の事だからおいさめになると旦那も今までの事はほんとうに悪かったとさとってそれからはもう心を堅くおきめになったので小吟は奥様を大変にうらんで或る夜、旦那が御番での留守を見はからってねて居らっしゃるまくらもとに立って奥様の御守刀で心臓を刺し通したので大変驚き「汝逃すものか」と長刀の鞘をはずして広庭までおって居らっしゃったけれ共前からぬけ道を作って置いて行方知れずになってしまった。色々体をとりなおしとりなおしなさったけれ共何分重傷なもんで「あの小吟を討ち取れ討ち取れ」と二声三声ようやく開いた目よりも細くおっしゃるともう御命は無くなって居た。お次にねて居た女達は事がすんでから起きて「マアマア是は何と云う」と云って歎いてもどうしようもないので小吟の逃げたあとを人をおっかけさせたけれ共女ながらも上手ににげてどうしてもその行方がわからない。人々は「女ながら中々上手に逃げたものだ」と云いあって居た。そしてどうもしようがないので小吟のみつかるまではとその親達を牢屋に入れてつらい目に合わせて居た。けれ共どうしても目つからないと云うので霜月の十八日に殺されるときまったのでその親達をあずかった役人が可哀そうに思って「ほんとうに御気の毒な、子供のためにそんなうきめをお見になるんだもの、もうしかたがないから死ぬ時の事も覚悟して又の世をおねがいなさるほかないわナ」と云って夜中、酒をすすめたので此の親仁は大変に元気よく一寸もなげく様子がない。役人が云うには「ほかにもつみがあって命をとられるものがあるのに」と云って「自分のつみは云わないで歎くものが多いのに貴方はよくお歎になりませんネ。貴方は子のかわりのこんなつらい事にあうのではないか」といえばこの親仁は彼の出家を殺した因果話をして七年目になって月日もあしたと同じである。そのためだろうと覚悟して観念した様子は悪人は悪いとは云いながらとみんなの人がその志を可哀そうに思った。
 もうどうしても逃る事が出来ないのだからと云って首を討った翌日親の様子をきいてかくれて居た身をあらわして出て来たのをそのままつかまってこの女も討れてしまった。どうせ一度はさがされて見つけ出されるものを、「お前が早く出れば何の事もなくて助る事の出来る親を自分が出ない許っかりに親を殺してしまってほんとうにこれまでためしのない親不孝の女だ」とにくまないものはなかった。



底本:「宮本百合子全集 第二十八巻」新日本出版社
   1981(昭和56)年11月25日初版発行
   1986(昭和61)年3月20日第6刷発行
入力:柴田卓治
校正:土屋隆
2009年4月29日作成
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