っている御飯の茶碗をはたき落されるような馘首がおこる原因も減ることは明白である。
失業の不安で波だつ空気の中に響いている声は、都民税二・七倍増し(失業者の家族でも都民であることに変りはありません)。外米の輸入(これで金さえ出せば、主食はいくらでも買えるということになります)。滞貨放出(金のある人にとっては衣料の面も楽になるでしょう)。ガスの制限もゆるやかになりました(ただし料金は今までの倍)。そして冬は石炭も手に入るであろう(一トン三千円から五千円の金があるならば――)。
ここに、わたしたちを堪えがたくする現実の矛盾がある。理性のある社会の生活であると思うことのできないあからさまな不合理が強いられている。
社会の新しい歴史は人民によってのみ推しすすめられる。この必然は、この現実のなかに生れてきているのである。
国鉄整理にからんでおこった下山国鉄総裁の死は、最大限に政府の便宜のために利用された。共産党に関係のある兇悪な犯罪事件のように挑発され、一部の知識人さえその暗示にまきこまれた。ところが他殺でないことがわかったきょうでも、まだ死者に対するはっきりした哀悼は示されていない。
命を奪われるほど悪人でなかった故人。むしろ弱点も人間的といえた故人。国鉄五十万人と運命をともにした故人。世間に暗い衝撃を与えることは、故人の望むところでなかったろう。自殺と直感した、といわれたときこそその人の妻らしい悲しみのありかたとして、すべての人にも肯かれたのに、いつか、他殺説を固執するようになった夫人の態度。勉学ざかりの少年、青年である子息たちが、色をなして自殺説を否定しはじめたという心理。それらを、世間の一部では、あれを政治的な、犯罪にしようとする検事局の圧力だろうと思った。時はたって、秋風がふきそめるきのうきょう、この不可解な状態のかげにひそむ一つの理由として生活的な問題がおいおい一般の推測に浸透してきた。丸の内の宏壮な建物を見てもわかるように、保険会社は富んでいるものだが、現在、生命保険会社の支払い方法は、他殺だと保険金詐欺でない限り普通の病死と同じに全額を支払うことになっているのだそうだ。自殺の場合、契約後一年――三年は全く支払わず、三年以上の分には多少弔慰金を出す。国鉄の退職金、弔慰金の支払い方法にも非常なひらきがつけられているのだそうである。故人の閲歴から見て、退職
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