、また一般の人々が軍隊のすることは何でも無理を通していた時代に、若い女学生たちが、真直なこころで正しくないと思ったことを、どこまでも正しくないこととして、こわくなくはない軍隊の力に抵抗したということは私の心に深く残った。今まで決して外部に向って話されたこともないような、いろいろの小さいがその価値は決して低くない正義心からの行動が、あの時代に、あちこちの学校や工場などの中にあったのではなかろうか。
 平手うちを一つ受けても倒れるようなかよわい少女たちが、武力と脅威に向って、正しいと思うところを主張しとおしたのも、彼女たちが一人でなかったからであった。一人でない力の強さを、おのずからはっきり知って行動したからであった。
 ある季節になると、朝鮮海峡をわたって、美しい数万の蝶々が移動するときの話をきいた。翅の薄い、体の軟い弱い蝶々は幾万とかたまって空を覆って飛び、疲れると波の上にみんなで浮いて休み、また飛び立って旅をつづけ、よく統制がとれて殆ど落伍するものなく移動を成就するのだそうである。歴史の一こまを前進させるという人類の最も高貴な事業が、人間の勇気と理智との大結集なしに成就したことは、ただの一度もなかったのである。
[#地付き]〔一九四六年四月〕



底本:「宮本百合子全集 第十七巻」新日本出版社
   1981(昭和56)年3月20日初版発行
   1986(昭和61)年3月20日第4刷発行
底本の親本:「宮本百合子全集 第十五巻」河出書房
   1953(昭和28)年1月発行
初出:「津田塾大学新聞」
   1946(昭和21)年4月号
入力:柴田卓治
校正:磐余彦
2003年9月15日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
前へ 終わり
全2ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング