められたと思う間もなく、「ああ打ちました! 打ちました!」などと叫ぶアナウンサアの声がわり込み、音楽と野球実景放送とがしばらくあやめも分らずもつれ合ったあげく、拡声器はブブブ、ヒューと、自身の愚劣さを嘲弄するように喚いて、終には一二分何も聞えないようになってしまうのであった。
ああいう沈黙生活の中で音楽は実に大きいうるおいであり、ほとんど一つの生理的必要である。体がポーと熱し本ばかり読んでいる頭は、恍惚に誘われようと欲して音波にしたがう準備をはじめる。ところが、そういう事情で、こちらに期待する感情が自然な要求として強ければ強いだけ、時代ばなれのしたラジオの乱脈はもどかしい。しかも、こちらは、愚劣な雑音の氾濫を頭から浴びせられているばかりで、それを調整するために自分の手を出すことはもちろん、やかましいスウイッチを切る自由さえも与えられていない。それは役所の日課の時間割によって、忠実になされているのであるから。私はしまいに、ラジオで音楽が鳴り出すと、決して終りまで心持よく聴くことなどを初めから期待しないという抵抗力をつけた。さもなければ、緊張と中絶との全然受動的なくり返しで、かえって気が
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