菊見せんべいを買いにゆくと、店番が、吊ってある紙袋を一つとって、ふっとふくらまし、一度に五枚ずつ数えてその中に入れ、へい、とわたしてよこした。ふくらんで軽い大きい紙袋をうけとったとき、おいしい塩せんべいの匂いがした。ときには、紙袋をもったとき、手にあったかさのつたわって来るほど焼きたてだった。紙袋があったかいとき、子供はつれの大人を見て、笑った。
 それよりも何よりも、菊見せんべいを買いにゆくときには三人の子供がついてゆきたがる別の理由があった。「菊見せんべい」の店先に立つと、店の板じきの奥に向いあって坐ってせんべいをやいている職人たちの動作がすっかり見えた。火気ぬきのブリキの小屋根の下っている下に、石の蒲焼用のこんろを大きくしたようなものにいつも火がかっかとおこっていた。それをさしはさんで両側に三人ずつ若い男があぐらをかいて坐っていて、一人が数本ずつうけもっている鉄のせんべい焼道具を、絶えず火の上でひっくるかえしているのだった。せんべい焼の黒い鉄の道具は柄が長くて、その長い柄をつかんで、左手、右手で敏捷にひっくりかえしつづけるのは、力がいる仕事らしかった。火気からはなれることないその
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