目に見せるべきものでない室内靴であること。ああいう写真は二度とよこしてくれるな。恥しい、ということであった。
 六つの娘は、母があんなに立派できれいだったのに、もう決して二度とその洋服を着ようとしないのを残念に思った。
「ああちゃん、どうして洋服きないの?」
 箪笥の一番下のひき出しに、三井呉服店とかいたボール箱に入ったままあるのを見て、娘がきいた。
「あれはお父様が西洋のねまきだってさ」
 そう云って母は青々と木の茂った庭へ目をやったきりだった。その庭の草むしりを、母は上の二人の子供あいてに自分でやっているのだった。ねまきはいいものでないということは、子供の心にもわかって、だまった。

 その頃急な団子坂の左右に菊人形の小屋がかかった。馬が足をすべらすほど傾斜のきつい、せまい団子坂の三分の一ばかり下って、人々の足もとがいくらか楽になったところの左側に一二軒、右側に三軒ばかり菊人形の店が出来た。葭簀ばりの入口に、台があって、角力の出方のように派手なたっつけ袴、大紋つきの男が、サーいらっしゃい! いらっしゃい! 当方は名代の(何々とその店の名を呼んで)三段がえし、旅順口はステッセル将軍と
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