」
この食糧品店の主人は通がすきで暫くイタリーのマカロニ、フランスのマカロニ、云々をきかせた。私は、彼の雄弁の断れ目をねらって、
「ひどく殖えますか」
と訊いた。
「いや、フランスのマカロニはずっと殖えますが、このイタリーの方はそんなじゃありません。――直観[#「直観」に傍点]なすったところじゃ違いませんが、水分をふくむから召上りではあります」
派手な旗を長く巻いて棒にしたようなマカロニを持って帰りながら二人は随分笑った。
「直観はいいわね」
「面白いんですね、なかなか」
網野さんは濃い眉毛をもち上げるようにして笑った。いつも笑う拍子に、小さい金をかぶせた歯が一つちらりと見える。他の歯は大人の歯だのにそれだけ金色で一本子供のままに小さい。幼い娘だった時分、金歯にしてしてとねだって一本何でもないのに金で包んで貰ったのがそのままになっているのだそうだ。
「その歯、おかしくて可愛いいわ」
「いやだ――何だか小っぽけな癖に生意気らしいんですもの」
その晩泊り、三人一つ蚊帳に眠った。その時、土曜日に何処かへ行きましょうと云った。
二
土曜日は四日で、あの大暴風雨であった。六日に麹町の網野さんのところまで誘いに行った。往きに私の歯医者を紹介する約束があった。飯田橋で三時すぎYと落ち合い、万世橋行の電車に乗った。
「網野さんに行く先まだ秘密なのよ」
「え?――何処です――銀座の方じゃあないんですか」
「違うらしいわ」
網野さんは九月中から暫く東京を離れることになっていた。ただ御飯を食べるだけでも詰らないからと私共は或る相談をしたのだ。乗り換えて浅草近くなると網野さんは、
「ああこの辺へ来るのは久しぶりで何だか嬉しい」
と云った。それをきき私共は安心し一層愉快を感じた。雷門で下車。仲店の角をつっきるとき私は出会頭、大きな赤い水瓜みたいなものをハンドルに吊下げて動き出した自転車とぶつかりそうになった。破《わ》れる、と思わず瞬間ぎょっとしあわてて避けたはずみに見ると、それは水瓜ではなく、子供の遊戯に使う大きな赤革のボールであった。赤い皮の水瓜などない筈だが、この頃どの店先でも沢山水瓜を見、自分達で食べもするので夏らしい錯誤を起した。笑って歩いていると、Y、一人ずんずん駒形通りへ曲りそうに歩いて行く。私までおやと思った。
「あすこから乗るんじゃあなかっ
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