しに大声で田園的挨拶を交す。
 駒沢へ出る街道から右に切れると、畑の起伏が多く、景色は変化に富んで愉快であった。午後の斜光を背後から受けてキラキラ光る薄の穂、黄葉した遠くの樹木、大根畑や菜畑の軟かい黒土と活々した緑の鮮やかな対照。
 九品仏は今は殆ど廃寺に等しい。本堂の裏に三棟独立した堂宇があり、内に三対ずつの仏像を蔵している。徳川時代のものだろうか。もう暗いので、朧に仏像の金色が見えただけ、木像、光背も木。余り立派な顔の仏でないようだ。境内宏く、古びた大銀杏の下で村童が銀杏《ぎんなん》をひろって遊んでいる。本堂の廊から三つの堂を眺めた風景、重そうな茅屋根が夕闇にぼやけ、大銀杏の梢にだけ夕日が燃ゆる金色に閃いているのは、なかなか印象的であった。いかにも関東の古寺らしく、大まかに寂び廃れた趣きよし。関西の古寺とは違う。雰囲気が。
 小僧夕方のお勤め。木魚の音。やがて背のかがんだ年よりの男が別な小僧をつれて出て来、一方の大きい浅草観音のと同じ扉をギーとしめ、こっちに来て賽銭箱をあけ初めた。紺絣に白木綿の兵児帯をぐるぐる巻きにした小僧、笊《ざる》をもってこぼれる銭をあつめる。畳の上へ賽銭箱をバタン、こっちへバタンと引っくりかえすが出た銅貨はほんのぽっちり。今度は正面の大賽銭箱。すのこのように床にとりつけてある一方が鍵で開くらしい。年よりの男が大きい昔ながらの鍵をガチャガチャ鳴らしてあちら向きに何かしている。白木綿の兵児帯が横とびに奥へかけ込んで、すぐかえって来る。すべて無言のうちに須彌壇の前で行われる動作、やや貧相な中に生動する何ものかがあり、鶴三画的であった。帰途、富士を見た。薄藍のやや低い富士、小さい焔のような夕焼け雲一つ二つ。
 A氏のところに寄る。温室にスウィートピーが植込まれたところ。一本一本糸の手が天井から吊ってあり、巻ひげ[#「ひげ」に傍点]を剪ってある。或は細かい芽生。親切心のたっぷりした者でなくては園芸など出来ずと思った。温室のぶどう[#「ぶどう」に傍点]、バラの花を貰う。今度お菓子を持って行く約束。すっかり日がくれ提灯の明りをたよりに夜道を帰って来た。
 Mよりきいた話。――承法のこと。雨が降りチング(ing)雪が降りチングで喧嘩になったこと。公案の外国語訳のこと。
[#地付き]〔一九二七年一月〕



底本:「宮本百合子全集 第十七巻」新日本出版社

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