てなのである。こんな犬のような僧も少なくはなかったが、心から、その若君の上をねがったものは必ずしも一人や二人ではなかった。
馬鹿な子ほど可愛い親心、まして心も見めも美くしい我子が急に物狂おしくなったのを見て居る母君の心は却って自分の気が狂いそう、またたく燭の灯にその枯れたようなかおをてらしながら、
「ほんとうにどうしたらよかろう、神さまもわりあいにはまもって下さらず……彼の人もなまじ姿や心が美くしいからそんなかなしいことになったんだろう、――もうまにあわない、何と云ってもなってしまったことだから」
こんなことを母君は云って居た。そばの女達は、「ほんとうにあさましいことになってしまいましてす、まるで私達の園の美くしい花が一夜の嵐にみんな散らされてしまったあとのような心地に――」若い女はかおを赤めながらこんなことを云って居た。
「どうにかしてなおせないかしら、まるで私の気が狂ってしまいそうだ。もうじき五月雨にもなるものを、マア、あのじめじめした雨の降る日に一日中一晩中、魔神の手なぐさみにされて居るように狂うあの人のことをきいたり見たりして居ることを思うと……」
しずんだいんきな声でこんなことを云いながら涙をこぼして居た。女は何も云われないほど気がふさいでしまって居るので皆てんでに溜息をついたりかなしいうたをうたったりして居る、只どうしようどうしようと思うばかりでそれをなおす手段などと云うものは思われないもので有った。
東の対では女達がいくら沢山居ても光君は紅と乳母にほか世話をさせないので只手をあけて淋しいかおをして御経をよんだりいのり文を書いたりして暮して居る。光君はあかりをハッキリさせることはこの頃大変きらいになったので明障子も生絹にかえたので昼中でも部屋の中はうすぐらい、その中に香はめ入るようなかおりを立てて居る。紅の姿や乳母はすっかりおとろえた形になってしまった。やせてつかれた紅はその姿がますます美くしくなった。
「夢の国へ――、夢の国へ、私はあこがれて居るのに」
人形を抱いたまま美しく化粧した光君は云って居る。
「あの衣をしたててそして着せて御上げ、それから髪も結ってネー、マア、あんな可愛い声で笑って居る、うれしいから? 何だか分らないネー、桐の葉がしげって、夏が来て――、うれしい? かなしい? なつかしい方」
わきに居る紅と乳母はソッとかおを見合せ
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