死んだらお前達はどうするだろう、お墓の中からのぞいて居たら面白いだろう」
とじょうだんの様に云った光君の言葉をきいた女達は心の中で、こんなにやつれていらっしゃるのだから何とも云われないとたよりなく思いながら、
「そうしたら女達はみんな黒い着物を着て髪を下してしまいますでしょう」
と年かさの女は答えた。
「お前方のなった尼さんは黒い着物の下に赤の小袿をかくして髪を巻き込んでおく位のものだろう。私が死んでしまった時にほんとうの真心から黒い着物を着て呉れる人はこの広い世界に一人も居ないのだ」
そんな事を話した夜から光君は大変熱が上った。うわごとは絶えまなくもれた、その思って居ることを正直に云ううわごとは一言でも半言でも皆紫の君のつれなさを嘆いて居るのであった。乳母は悲しみと怒りにふるえながら、
「まだ彼の人は意地をはっていらっしゃると見える。何と云うにくらしい方だろう、きっと化性のものにちがいない」
とまで罵った。子供の様にたえられない様にすすり泣きをすることもあれば、いかにもうれしげに肩をすぼめて笑うこともある。女達はきっと光君はもうもとの心にはかえるまいと思ってどんなに悲しがっただろう。うわごとを云って熱の高かった日は三日だけであった。四日目に熱はうそのように下って夢からさめた様に青ざめてつかれはてたように乳母によりながら、
「何と云う因果な事だろう、私はあの人に、『心から貴方につれなくする』とまで云われても、私はあの人の事が忘られない。お願だ、どうぞ忘れさせて御呉れ、あの気高い姿とあのかがやく様な顔を」
と云って三つ子の様に乳母の肩にかおをうずめて泣いて居る。乳母はもう胸が一杯になって何と云ってよいやらわけがわからず只その背をさすって、
「お察し申します、お察し申します。私ももう死んでしまいそうに悲しゅうございます」
と一所になって泣いて居る。
「何故私は忘られないのだろう、彼の人はなぜするどい剣で私を殺して呉れないのだろう、何故殺して呉れないのだろう。誰もなぐさめても呉れず、只一人で泣いて悶えて苦しんでそうしてたった一人で死んで行くのが私の運命なんだ」
ひからびた様になった年とった乳母の肩をしっかり抱いて泣いて、身をふるわせて悲しい思をうったえて居る光君の哀れな様子に女達は居たたまれなくなって顔をおさえながら出て行ってしまった。その□[#「□」に「(一字分空白
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