れて魂はますますとんで行く。とんでとんでとびぬいてやがてもどった魂をもとにおさめてハッときづけば、無残、しとみ戸はとざされてその中から琴の音、ぞっとするような、うっとりするような、抱えたような、投げたような、海の中に柳が有ったらお月様のかげの中に身をなげてしにたいような、立って動かぬしとみ戸に影うすくよって聞く人は声なくて只阿古屋の小玉が頬に散る。余韻を引いて音はやんだ、人はまだ動かぬ。
(五)[#「(五)」は縦中横]
身じまいをしてかがやく様に美くしくなった姿を几帳の陰になつかしいうつり香をただよわせて居るのは此の部屋の主わずか十六の紫の君である。たきしめた白い紙に象牙細工のきゃしゃな手を上品に手習をして居る女君の様子はたとえられない様な美くしさである。まわりに居るものは乳母とその娘と外に四五人みな身ぎれいにして居ながら常盤の君の部屋の女のようにはでな所はみじんなくじみにしっかりした風の見えるのはかよわい女主人をもりたてなくてはと思う心づかいの結果であろう。女達は傍に女君の居るのもかまわずに此の頃の光君の様子等をいろいろと話し合って居る。少しでも云ったら女君の心は動くだろうと思っての事。
「御両親さえおいでになったら今頃は女御でいらっしゃったかも知れないのに御定命とは云えあんまり何でした」と一人の女が云う。乳母の娘は、
「ほんとうに、もう御年頃でもあるし私達が御つき申して居ながら姫様御一人どうすることも出来ないと云っては御亡くなりになった方にも相すまないし、又こんなところのことですから光君を置いては他に似合わしい方もいらっしゃらないし」
と几帳の影を見ながら云うと他の女達もが、
「ほんとうに私達はそればかりが心配で」
と云うあとをひきうけて、
「だれでも思って居る事です、まして先の短い私は命のうちに姫様の御婚礼の式のある様にとどれだけ祈って居るか知れません。何ぼ何と云っても姫様の様ではほんとうに困りますけれ共また常盤の君の様でもネ」
と遠慮のない乳母はあんまりずけずけした事を云うので娘は袖を引いて、
「マアそんな事を云うものではありませんよ。上様(兄君)だって『この方は近頃の女に似合わないかたい心を持っていらっしゃるたのもしい人だ。私の奥さんにしても恥しくない方だ』なんておっしゃったほどですもの誰だって姫様を悪く思ってやしません」
などと云う
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