どうしたんだね」
「あかぎれ[#「あかぎれ」に傍点]がポッポして……」
 サエは体をねじって片足だけ足袋をぬぎ、踵のあかぎれへ丁寧にメンソレータムをぬりこんだ。頬などの色艶はいいサエの顔にあわせ、そのあかぎれ[#「あかぎれ」に傍点]は大きくて、痛々しかった。
 サワ子が、それを見て、
「あれ」
と羽織の袖口で口のはたを被うような恰好をした。
「どうしてまたそんなになるんだろ……」
 サエは、
「毎晩お湯に行ければましなんだけれど……」
と答えながら、足袋のコハゼをかけた。あかぎれの原因はお湯に入るひまがないばかりではなかった。佐太郎しか知らないが、サエは一日のうちに、のべにするとどっさりの距離を歩かなければならないような種類の活動をもしているのであった。
 間もなく、下で、
「おまち遠さま――おばあさん、どうかお風呂に行って下さい」
 そういうまさの声が聞え、
「ああくたびれた」
 二階へ来て、ぺたりと火鉢の前へ坐った。
「とてもひどい人でね――あのひとをかきわけるだけでもいい加減くたびれるわ。ネ」
 そう云いながら一緒に行って帰って来た満子が、手編のベレ帽をとって、外套のまま坐った膝におき、寒さで赧くなった手の先を火鉢に出した。
「どうしたい? 俺、散髪に行けるかい?」
 佐太郎が目ばたきしながら訊いた。まさはよっぽどくたびれたと見え、絣の羽織のわきあけから懐手をしたまま、首をたれ黙って合点をしている。
 進がやっぱり、窓際にもたれたままその様子を見て、
「大分悪戦苦闘したらしいね」
と云ったので、皆がドッと笑った。すると、ぐったりしていたようなまさが自分から大きな声で面白そうに笑い出し、満子と二人で、やすいものを買おうと頭をひねった様子を話してきかせた。
 一休みして、満子がメリンスの風呂敷包みから、派手な藍色の毛糸を出し、それを編みはじめた。まさも下から黒と赤の混ざったスコッチの赤坊靴下のあみかけをもって来て編みはじめた。
 サエとサワ子はわきから顔を近くよせて自分もやって見たそうに眺め、進は居心地よさそうにはまりこんだ元の場所から、佐太郎はカリンの机の前から、二人の女の、速い、むらのない編棒の動きを見ている。
 半分カサがこわれながらも、明るい電燈の光が人のつまった狭い六畳の端から端までを暖く照している。この電燈の下に、こういう顔ぶれが集ることはよくあった。
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