小作連は洒落《しゃれ》や冗談で争議を起したんじゃない。すぐ全農東京府連の××村支部へ指導をもとめて来た。深田とのかけ合いは、組合のさしずでガンバッて来たのだ。
おどしがきかないと分ると、深田は土地取上げで、やって来るという情報が組合に入った。
そうとなれば、共同耕作で向って行くしかない。土地をとられて小作はどうして食って行けるのだ!
今日のようなとき弟の勝がいれば、真先にマンノー担いで勇ましく共同耕作にも出てくれる。その勝は、権太郎の息子といっしょにとられている。だからとめ[#「とめ」に傍点]が、娘ながら甲斐甲斐しい野良姿で自転車をとばして行くところなのだ。×元村の組合員豊治の家まで行って見ると軒下に自転車がもう何台もたてかけてある。
「マア、とめ[#「とめ」に傍点]ちゃん! よく来てくれたなあ」
やっぱり野良着のアヤがかけよって来て自転車からマンノーをとくのを手伝った。
「今日は、甚さのかみさんまで来てるヨ。女連まで出て来たんだから気強いもんだ!」
多勢、若い衆やおっさんの立ってる土間に入って行くと組合に入ってない甚さ(八人組の一人)のかみさんがその中に混り、瘠せた顔でマンノーを突き、じっと安さんの指図をきいている。
「いいか、ちらばったり、自分勝手に動いたりしちゃいかねい。ガチャが来やがったからって、こっちがかたまってれば、可恐《おっか》ねえことはちっともねえんだ。女連は女連でかたまって、真中さ入れ! いいか!」
安さんのほかに青年部の人が七八人先へ立っていよいよ三十人ばっかりが田圃へくり出した。
とめ[#「とめ」に傍点]はアヤと腕を組み、ゴム長靴を踏みしめて進んで行く。深田の竹藪にかかる頃、シトシト雨が降って来た。
「へえ、丁度いいわ! 奴等|辷《すべ》って何も出来めえ」
田へ出る竹藪の角で、先頭に立ってる安さんが立ちどまって手を上げ、止レの合図をした。雨にぬれる竹藪の匂いをかぎながら静かにかたまって立っている。ところへ安さんが、すぐ戻って来て、
「よウし! うまいぞ!」
と叫んだ。
「スパイ弁護士が一人うろついてやがるだけだ!」
そら進め。今のうちだぞ。
ワッショ! ワッショ!
忽ち田圃へ三十人がおどり込み、東の端から、マンノー揃えてうない始めた。
その時、茶色のレインコートを着たスパイ弁護士が深田の竹藪の方からチョロリと姿を現した
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