なのです、(何と書こうかしら)と云ったら○○○さんが「失業と書きなさいよ。貴女がわるいんじゃあるまいし」と云うので、失業と書きました。さっき紙をわけた巡査がその紙をうけとって書いてあることをよんでから、「一寸立って下さい」と云い、立つと袂をいじったり、帯をなでたりして軽く身体検査をやります。若い男のひとが鳥打帽をかぶっていたら、それをぬがせて、手の中に揉んでしらべました。
その室から今度は大階段に向っての廊下にみんな二列に立ちました。そして、病院の廊下のような感じのあるところから公判廷に入りました。
私は、これまでこんな熱心さで振りかえっているいくつもの人々の顔というものは見たことがありません。党員たちは裁判官の並んでいる下のところに幾側にも並んで腰をかけているのですがズックリと顔をこっち入って来る傍聴人の群の方へふり向け、或る人は互に合点《うなず》き合って挨拶しているし、そうでない人も実に眼を張って入って来るものを眺めているのです。私は、可笑しなことですけれど、その瞬間、自分もみんなと知り合いのものであるような近しい気がしました。
党員の人たちは普通の着物です。一段高いところにちょこなんと首だけ出して、古くさい法官帽に涎かけのような模様のついた服を着た裁判官がパラ・パラ着席しています。看守や巡査が多勢います。丹野せつ子やその他二人ばかりの婦人闘士の姿も見えます。
傍聴人が席についてしまうと、宮城裁判長が、鼻にかかった声で不明瞭に何か云いました。すると党員の中から一人の男のひとが立ち上り堂々と演説をはじめました。杉浦啓一でした、「この間の選挙のとき獄内で、立候補したひとよ」と○○○さんが教えてくれました。杉浦啓一は力づよい、飾りない言葉で第四年目の三・一五を記念し、ブルジョア・地主のひどい政府が、どんなに党員たちを苦しめるか、死ねがしに扱うか、いやいや現に党員の誰とかを警察のコンクリートの床になげつけて殺した事実をあげて、政治犯人即時釈放を要求しました。監獄の病舎は、南側の日当りのいい方はただ歩く廊下にしてあるのだそうです。日の当らない北側だけが病室にあてられているときいて、私は憎らしい気がしました。四年間に二十七名の党員たちが死んだ[#「死んだ」は底本では「死んた」]のだそうです。よくバスの車掌さんなんかで警察へつかまると、スパイが迚も拷問し、しかも女とし
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