ら、おあがり。
母さんは、しずかな声でミーチャにそう云った。そして、
――でも、それはむずかしいことさ、なかなか……
――そう! むずかしいさ。だがその困難を征服するだけの健康と知慧のあるチビ公には何でもない。道は開いている。ソヴェトの小学校、技術学校、もっと上の専門学校が、プロレタリアートの子供にゃ、女の子にでも男の子にでも、まるで無料であいてるのは何故だね? こりゃ、プロレタリアートのチビ共、進め! ってことなんだ。
ところで今朝、ミーチャは茶をのむと急に母さんをせき立てだした。
自分で外套を着て、帽子をかぶって、先へ入口の扉のところへ出て待っている。
――どうしたのさ、急に!
――今日、きっと行くと思うんだよ。
――どこへ?
――動物園へ。インドでね、象はとても働くんだよ。母さん知ってる? イギリス人がインドで象とインド人をひどく使って儲けてるんだ。象みたことないから、先生がみんなつれてくって。
母さんが、毛糸肩掛を頭へかぶってしまうと、先ずミーチャが扉から外へとび出した。続いて父さんが出、一番しまいに母さんが出て、締りを見て、ポケットへ鍵をしまった。父さんは、トトトトト勢よく階段を先へかけ下りて行っちまった。ミーチャだって、もう「十月の児」だ。手になんぞつかまらない。手欄《てすり》をこすって降りてゆく。(八つから十五までがピオニェールだ。それより小さい子は、みんな|十月の児《オクチャブリター》と呼ばれる。)
一番下の、大きい戸をあけると、外はひろい中庭だ。春は花壇に綺麗な花が咲くが、まだ深い雪の中から、緑色の花壇の仕切りの先が見えるだけだ。
この頃ミーチャは、いつもこの鳩のいる中庭で母さんと別れる。母さんは、工場で職場代表をやっている。いい労働婦人だ。昔風な接吻なんかしてミーチャを甘やかしはしない。
――じゃ、いっといで!
――ウン。
同志《タワーリシチ》みたいにわかれる。ミーチャは元気な眼つきで、中庭を横切り、むこうの端の建物の翼の戸をあけて内へ入った。その入口と並んで、こっちから、植木鉢が五つ並んだ明るい窓が見えた。ミーチャやその他の多勢の子供が一日暮す幼稚園の窓だ。
ミーチャと別れたお母さんは、急ぎ足で木の門を出たところで、隣りに住んでいるタマーラに会った。タマーラと母さんアンナとは、同じ菓子工場で働いている。二人は並ん
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