な思いをしてまで学校をやってゆくだけ自分の頭に自信がありません。幸僕も体の方は兄さんに負けないつもりだから、僕は兄さんの手足となって家のために働くつもりです。僕のようなたかの知れたものが、現在の家の事情でいくらかでも学資をつかうよりは、その分も兄さんにつかって貰った方が有意義だと信じるのですが如何でしょう。兄さんの将来の目ざましい成功は故郷の何人も期待して疑いません。中央の最高学府の生活は金もいるでしょうから、僕は兄さんが少しの金でも有益につかって下さると思えばうれしいです。
 重吉の刻みめの深い、しっかりした顔だちの上で優しさと苦しげな表情とが混った。家運挽回と結びつけて、少年時代から重吉にかけられているこの期待のために、重吉は決して単純な学生気質で暮せなかった。重吉の思い出のはじまりの情景には、或る午後ドタドタと土間に踏みこんで来た執達吏、家財道具や家の鴨居にまで貼られた差押えの札、家の前の往来で真昼間行われた競売とそのまわりの人だかりがやきつけられていた。
 高校時代、重吉は既に貧困の社会的な理由を理解していたし、それを踏んまえて立っていたが、不規則な食事のために旺盛な肉体は不調
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