辺から村の街道へ登るわけだ。跟いて来た犬は、別れが近づいたのを知ったように、盛にその辺を跳ね廻った。父の手許にとびつくようにする。父は周章《あわ》てて包みを高くさし上げ体を避けようとする拍子に、ぎごちなく蹣跚《よろめ》いた。その身のこなしがいかにも臆病な老人らしく、佐和子は悲しかった。彼女は急いで、
「ポチ! ポチ!」
と出鱈目《でたらめ》の名を呼び立てた。ポチは、砂を蹴って父の傍から離れると、一飛び体をくねらせ、傍の晴子の頬の辺を嘗《な》めた。父がまるでむきな調子で、
「晴子、嘗められた」
と嫌悪を示した。それらが何だかしきりに佐和子の心を打った。平常一緒に生活していないうちに、いつか父は犬の友達ともなれぬ父となっている。
坂の上に、彼等の明るい露台が現れた。母がこっちを見て立っている。父が真先その方に向って帽子を振った。晴子は手を振った。佐和子も同じように挨拶をし、一番後から訴えどころない生活の過ぎ行く哀愁を感じつつ坂路を登って行った。
底本:「宮本百合子全集 第三巻」新日本出版社
1979(昭和54)年3月20日初版発行
1986(昭和61)年3月20日第5刷発行
親本:「宮本百合子全集 第二巻」河出書房
1953(昭和28)年1月発行
初出:「若草」
1927(昭和2)年4月号
入力:柴田卓治
校正:米田進
2002年9月25日作成
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