上からレースをどけて顔全体がよく見えるようにした。
 カールは、大儀そうに腰をかがめ、キ、キ、キ、と舌を巻きあげながら、年寄らしい愛嬌をふり撒いた。
「ふむ、なかなかよい児だ。男になれよ」
 が、彼はふと訝しそうに眼をルイザの顔に移した。ルイザは彼が何か云うのかと思った。ところが、仕立屋はそのまままたさりげなく嬰児を覗き込んだが、今度はほんのお義理で、ちょいちょいとフランツの頬を突つくと、さっさと、一言の挨拶もなく男達の群に戻って行ってしまった。
 ルイザは、鋭い痛みが、胸の真中を刺しとおしたように感じた。
 何という変な爺さんなのだろう。
 程なく、ルイザの囲りは新たに賑やかになって来た。
 彼女のまわりでは、女達の白い大頭巾が彼方此方に揺れ、絶間ない話し声が漣《さざなみ》のように拡った。そのうち誰か一人が、後を振向いて一寸傍によった。その前に喋っていた女は言葉を切ってその方を見、途をあけた。ルイザが縫物を習ったことのある配便局の細君が、まるで町風に派手な帽子をつけ、踵の高い靴を耀かせてやって来たのであった。
 郵便局の細君は、ルイザに近よりきらないうちから誰よりも大きな声で話し出した。
「まあまあ、立派な阿母さんにおなりだこと。ついこの間までほんのねねさんだと思っていたのに――」
 ルイザの後に立つと、彼女は、傍で挨拶をした一人の女を見向きもせず、指環の三つ嵌《はま》った手を延して、レースをどけた。
「どれ、――ふうむ、いい児だこと」
 郵便局の細君は、フランツの顎の下を擦《こす》った。伏目になって微笑みながら子供の顔を見ていたルイザはやがて、おやと思ってひそかに注意を集めた。フランツの顎を擦っていた細君の光沢のある指先の働きは、妙にのろくなった。そして、ルイザにははっきり感じられた一種の感情をもってそのまま止ってしまった。下を向いたまま彼女は自分の顔と嬰児の顔とが素早い偸むような一瞥で見較べられるのを感じた。指先は、そっとフランツのくくれた軟い顎の下から引こめられた。そして、郵便局の細君は、ほんの一足ルイザからどき、殊更な、まるで溜息と一緒にはき出すような調子で云った。
「まあ、綺麗なレースをお持ちだことね」
 ルイザはかっと眼の裏が熱くなるように思った。
 レースは確に結構なものであった。彼女の曾祖母が、サクソニー太公夫人の侍女を勤めた時拝領したそれは、まが
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