たあるときは理解ある友として。常に一種のグッド・センスをもって、現実の自身の家庭生活に処しておられる。これも、婦人作家の生きかたとして注目されるべき点です。

 この間、瀧井孝作氏が「黒い行列」の印象を読売紙上で書いた時、或る人があなたは日本の婦人作家中最もインテレクチュアルな作家であり、作品中に自分をあらわさぬ、という意味の意見を述べたのを引用していました。けれども果してそうでしょうか。作家がそのようにあり得るものでしょうか? 私は、その論者と反対です。あなたの作品の中には、あなたの作家的全幅が何らかの形で常に露出している、そう信じます。例えば、「小鬼の歌」で、あなたは、あなたをして書かしめている境遇のプラスな面と、あなたをして書くことを得ざらしめているマイナスの面、限界とを、驚くべき率直さでおのずから示されているのですから。そして、賢明なあなたは、そういう意味であの作品が含有している作家史的意味の重大さ及び、作家の才能の真の発展と社会的、境遇的事情との相関関係についての意味深い暗示を与えていることをよく理解していらっしゃるでしょうから。
 作家野上彌生子は、実に勤勉です。自身の仕事については、力量に自信をもって精励であり、研究生のように勉強家です。今日と、明日の社会は、若い時代への健康な同情、人間より意志を理解しようとする良心の極少量さえも熱烈に要求しているのですから、私たちは野上さんが、若い時代の近側にあることで常に自身の芸術を生気あらしめると同時に、若い時代をその芸術によって鼓舞し、洞察力に刺戟を与えられることを切に希望する次第です。
 このような短い文章の中で、あなたについて感想を語ることはむずかしいことでした。
[#地付き]〔一九三六年十二月〕



底本:「宮本百合子全集 第十巻」新日本出版社
   1980(昭和55)年12月20日初版発行
   1986(昭和61)年3月20日第4刷発行
底本の親本:「宮本百合子全集 第八巻」河出書房
   1952(昭和27)年10月発行
初出:「帝国大学新聞」
   1936(昭和11)年12月21日号
入力:柴田卓治
校正:米田進
2003年1月16日作成
青空文庫作成ファイル:
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