屋さんとが特徴のある年よりらしい甲高声で、何とか何とかネスパ? ああウイウイと話しながら往ったり来たりしている。
 このごろは、体じゅう引き潮加減ながら調和した感じなのだが、まだ時々、肉体の内にのこっている衝撃のようなものが甦って来る。ああ苦しかったなあ、と思う。それにつれて、目の前の宙で何か透き徹って小さいものが実に容赦なくキュッキュッと廻って止った、という感じがする。透明なものは生と死で、切迫した時間のうちにキリキリといくつか廻り、生がこっち向いてぴたッと停った、そんな感じだ。これは異様な、愕きをともなった感覚であって、まるで風の音もきこえない暖い病室で臥たり、笑ったりしている平穏な自分の内部に折々名状しがたい瞬間となって浮び出て来る。やっぱり腹を切るというのは相当のこと也。
○ 手術した晩に、安らかな気持なのだが頭の中がオレンジ色がかった明るさで、いかにも譫語が云いたくてたまらなかったのは面白い。薬のためにああいう状態になっているときの譫語は、全く我を知らずに口走るのではなくて、先ず、何かとりとめなく喋りたいという明瞭な欲望が感じられた。ああいうとき、頭でも撫でられていたら、その
前へ 次へ
全9ページ中3ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング