知らなかったくせに、今ではもうすっかり生粋の江戸っ子ぶって、口の利き様でも、物のあつかい様でもいやに、さばけた様な振りをして居る癖に、西の人特有の、勘定高い性質は、年を取る毎にはげしくなって行った。
人の見かけを、江戸前らしく仕度[#「度」に「(ママ)」の注記]てるために、内所の苦労は又、人なみではない。
嫁には、無理じいに茶漬飯を食べさせて置いて、自分は刺身を添えさせ、外から来る人には、嫁が親切で、と云いたいたちであった。
赤の他人にはよくして、身内の事は振り向きもしない。お君の親達は「百面相」だの「七面鳥の様な」と云って居た。
それでも、叱られ叱られ毎日、朝から晩まで、こせこせ働いて居たうちは、いろいろな仕事に気がまぎれて、少時の間辛い事を忘れて居る様な時もあったけれ共、こう床についたっきりになって、何をするでもなくて居るのは只辛い事ばかりが思われて、お君はいかにもいやであった。
顔の真上からお金の厭味を浴びなければならない。
それだけでさえも、気のせまいお君には、堪えるのが一仕事である。
始め、妙に悪寒がして、腰が延《の》びないほど疼《うず》いたけれ共、お金の思わくを察して、堪えて水仕事まで仕て居たけれ共、しまいには、眼の裏が燃える様に熱くて、手足はすくみ、頭の頂上《てっぺん》から、鉄棒をねじり込まれる様に痛くて、とうとう床についてしまった。頭に、濡手拭をのせて、半分夢中で居るお君の傍でお金が、
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「お前もう何《なん》なんだろう?
一人口が殖えると、又なかなかだねえ。
それにしても、あんまり早すぎるじゃあないかい。
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と、いやあな顔をして云ったのが、今でもお君の眼先にチラツイて、それを思い出す度《た》んびに、何とも云えない気持になって涙がこぼれた。
冷え込みだろう、と云って居たのが、三日たっても、四日立っても、よくなく益々重るばっかりなので、近所の医者に来てもらうと、思いがけなく悪い病気で、放って置けば、命にまでさわると云われた。
お医者の云った事は、お君に解《わか》らなかったけれ共、十中の九までは、長持ちのしない、骨盤結核になって、それも、もう大分手おくれになり気味であった。
流石《さすが》のお金も、びっくりして、物が入る入ると云いながら翌日病院に入れて仕舞った。
いよいよ手術を受ける時
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