分もその列のなかにはいりこんで、それぞれ思っていることは別なのだけれども、自分が外国人なのも忘れ、大勢の中に一人いる独特の心安さ、休息のようなものを感じながら、時間がすごせるのであった。
 銀映座の割引の切符を小さい窓口で買い、釣銭をうけとりながら、私はまざまざと馴染《なじみ》ふかかったその町の穢い映画館で過したいくつかの夜のことを思い出した。
 ある年のある日の午後、本郷座をひとりで観ていて、私はなんだか胸が燃えるような思いになって、中途で外へ出てしまったことがある。
 それは、アメリカの映画で、女が無実の罪で監獄に入れられ、愛する男と金網越しに会わされる。ぴったりと女が自分の掌を金網にあて、男も自分の手のひらをそこへ合わせ、互いに求める心とあたたかみとをつたえ合おうとする情景であった。私には見ていられない苦しいものがあった。
 その晩は銀映座で、本の包を膝の上に置きながら、私は、目を瞠って、ロンドンの水晶宮焔上の光景を観た。
 数年前の夏の夜、その水晶宮に花火祭があって、私は小さい妹をつれて、それを見物した。そのガラスづくりの巨大な建物が、銀幕の上で燃えとけて行く。やがて鉄骨だけの
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