唯一ふき、そよそよと新鮮に、瑞々しく、曠野の果から吹いて来る朝の軽風である。
図らぬ時に、私の田園への郷愁が募った。いつか、檜葉の梢の鳥は去って、庭の踏石の傍に、一羽の雀が降りて居る。先刻、私が屋根に認めた一群のものらしい。チョン、チョンチョンと一束《いっそく》にとび、しきりに粟を拾って居る。私は仄かな悦びを覚えた。けれども、その様子を見守って居るうちに、私はそぞろ物哀れを覚えて来た。
此処に、今、彼を害そうとする意志を持ったものは、恐らく塵一つありはしないだろう。勿論、当然恐ろしかるべき猫や犬は影さえない。脅しの影を投げるだろう石燈籠も、大木も、人も居ない。私は遠く縁に引込んで、息をするほの身じろぎもすまいとして居る。其に拘らず、雀は、何と云う用心のしようだろう。何と云う小心なことだろう。
チョンと跳び、ついと一粒の粟を拾う間に、彼は非常なすばしこさで、ちらりと左右に眼を配る。右を見、左を見、体はひきそばめて、咄嗟に翔び立つ心構えを怠らない。可愛く、子供らしく、浮立って首を動かすのではない。何か痛ましい、東洋の不純な都会風の陰翳が、くっきり小さい体躯に写し出されて居るのである。
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