にこんな事を云ってしまった。机のところにまたもどって、あの人がもってきて呉れた狸ばやしと胡蝶の曲を読み始める。この本とひっかえにもってった三味線掘りの手ざわりのいい表装がフイに見たくなったがマアマアとあきらめる。こんな退屈などうにもこうにもしようのない様な日に、あの人が来ればいいのにと思い出すともうきりがなくいろんな事が頭にうかんで来て、本の字なんか黒蟻の行列を見る様になってしまう。彼の人の気まぐれにもほんとうにあいそがつきる様だ。こないだは二日つづけて来たかと思うともう三週間位しらんかおをして居るし、ニコニコして居る時と馬鹿にムキムキした時とあるし――それでもマア私の思ってる事を大抵分って呉れるからいいけれども、こないだ着て居た着物の色と頭のうしろっつきがよかったっけが、今度はどんな風で来るんかしら、妙に着物の変るのがたのしみなもんだ。
そうそうこないだ来た時に、エエようござんすともなんかってぞうさなくうけあって行った着物はほんとうにもって来て呉れる気なのかしらん、若しもって来たら私のあのソフトをかぶせてマントをはおらせて男にばけさせて見ようかしら。でも何だか又理屈をこねそうでもあるけれ共……。それからバックに縫をするから下絵を書いて呉れなんかと云って居たっけがどんなのがいいんかしら、それはマア、ものが来てからのはなしと……、この次までに綿人形とくくり猿を作って来て呉れる約束がしてある――
こんなにデコデコに□[#「□」に「(一字不明)」の注記]って来てヤレヤレよくマア、斯う考えられたもんだと自分でびっくりするほどだが、あの人はあんなに飾りっけのない気取らない調子で話をしたり考えたりして居るが――一体私をどう思ってるのかしらん。そうと空気ん中にとけ込んでさぐって見たい――
すき見をされた様な気がしてせわしくあたりを見まわした。そして一寸自分のかかとを小指でひっかいた。そして又続きを考え始める。
デモマア、彼の人が一番私の気持を知っても居、又私の考えに似た事を考えてる様だけれ共、私がよっぽど年上で居ながら心のそこをのぞかれて居る様な気がする事があるが――キットあの上眼で見つめるのが私の心に妙に感じるのかも知れない。キットでもマア、えたいの分らない妙な娘さ、何、たかが女だもの、そんなにビクビクする事はありゃあしないさ、こんな事をのべつまくなしに考えた。
いつ
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