――」
「誰だってそんな事思うでしょう……我ままじゃなくしたってそうにきまってるんですもの……そいで又、親なんかになるとまるで自分の若い時は人間じゃなかった様に若々しかった気持、たえず震えて居た心なんかって事はまるで思いきったほど忘れてるんだから……」
「そうですよ、ほんとうに、エエほんとうにそうなんです。忘れるも忘れるもいじの悪いほどきれいに忘れて生れ落ちるとすぐっから世間を知って居た見たいにサ、私達にはしゃべってるんだから妙なもんですよ、頭なんて云うものは」
「まるで忘れてるって云うんでなくったって、新らしいゴムマアリの様に力強い若々しい嬉しい事、悲しい事のしみじみと思われた時代を気のぬけた風せんの様にクチャクチャになってしまった今日思い出すのはキット辛い事でしょう。だからわざと思い出すまい思い出すまいとしてるんでしょう。私はそんな風に思われます……それがあたってましょうキット……」
「私達みたいに若いもんでさえ、落椿を糸で通してよろこんで居た事を思い出すと寒い様な気んなりますもんねエ」
「……」私はフットさしてある首人形を見てお妙ちゃんを思い出してしまった。うつむいてかるく目をつぶって「忘れたい」と思ってた。あの時着て居た着物――あの時さして居たカンザシ――帯、はこせこ、こんな事がズラリと頭の中にならんでしまった。
「どうしたんです?」その人は私が急にだまりこんで考えてるんでビックリした様なつつぬけの声を出した。「何でもないんです。一寸首人形を見たら思い出した事があったんで……」こんな事を云って私はつくり笑をした。
「どんな事? 首人形を見て思い出すなんかって……いかにもやさしそうな事ですネ、話しませんか?」
「エエ、そりゃあやさしい事《こ》ってすけど……こんなとこでポイポイ云っちまうにはおしい話だから私がお話ししたくなった日に云いましょう」
「大抵は想像してるけど……京の舞子かなんかの話しでしょう、そいでなくってもキット京都にかかりあいがあるに違いないネ? そうでしょう?」
「それだけ分ったらもうだまってらっしゃい、それより余計な事をおっしゃるとキット私のいやな事になるから……」
「何だかおどす様な事云うんですネエ」その人は私のかおを見ながら、こんな事を云った。私は首人形を見つめながらだまって笑って居る。
「あの私がよく行く京橋の家に三階から『テッテケテ』な
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