云うものを末の末まで己達の子孫の力をかりて呪ってやる。己の可なり愛して居た女房を三人まで殺したのはあの爪のするどい動物の仕業だ。己はあれも呪ってやる。己の敵は己の四方どこにでも居るが……一人の味方さえ今の己はもって居ない――」
男鴨はもうどうしていいか分らないほどイライラした気持になった。大儀そうに体をうごかしてあてどもなく歩き廻った。そして何の気もなしに三人目の女房がひやっこくなって居た茗荷畑の前に行った。
「…………」
男鴨は息をつめて立ちどまった。
頭の中にはあの時の様子がスルスルとひろがって行った。女鴨が死んだと云う事は知って居るけれ共まだ、そこに居る様に思われてならなかった。つきとばされる様に男鴨は畑の中にとびこんだ。中には何のかげさえもない、女房の体の長くなって居た所に自分も又体を横にした。
「これよりいやな思いをしない中に己は死ぬ事をねがって居る、……」
男鴨は斯うつぶやいて死の使の動物の来るのを待った。女房の血のにじんで居る土の上で自分も死ぬと云う事は死んだあとにも好い事がありそうに幸福らしく思われた。
ジーッと男がもは待って居た。けれども待って居るものは来なかった。
「己は死ぬ事さえ出来ないと見える」
うらむ様に云って黒っぽい空を見あげた男がもは力も根もつきはてた様に羽番の間に首を入れた。「己は年をとったと云ってもまだ若い方だ」と思って十月に入ってから瑠璃色にかがやき出した、羽根の色を思った。人間が春と秋とをよろこぶ様に自分達には嬉しい冬が来るのに、たった一人ぽっつんと塀の中に、かこいの中に羽根をきられてこもって居ると云う事は身を切られるよりも辛く思われた。
「このまんま飛び出してしまいたい」
男がもは稲妻の様に斯う思った、「けれ共――羽根は切られて居る、すぐたべるものにこまって来る」と思うと自分の体を地面にぶっつけてこなこなにしてしまいたいほどに思われた。
「アア、己は呪われて居る、――自分で自分の体をないものにする事はどうしても出来ない……それで居て己は殺してもらう事さえ出来ない。ヘトヘトに世の中のことにつかれはてた時にギラギラと太陽の笑う下にみにくい死骸をさらさなくっちゃあならないものに生れる前からきまって居るんだろうか……」
鴨は白い目をして自分をむごくばかりとりあつかう天の神様と云うものを見きわめようと思って空を見、木の間
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