寿賀子の或る場合は、却って激情そのものの息苦しさほか感じさせない。――「それがどうして、自分の感情にも起らないことだといえるだろう!」結婚後、俄に自分のうちに育ち始めた所謂「女らしさ」可愛いとか、優しいとか、または上品だとか、種々な形と言葉とで現わされる、手応えのない妙に焦点を外に結ぶ女性の肉感性。それ等に彼女は疑い深い眼を向けずにはいられなくなった。
寝床に入ると、真木は優しく、
「気分はいいかね」
と傍のゆき子に声をかけた。
「え、有難う、大丈夫よ」
「――よくおやすみ」
真木は自分の場所から手を延して、静にゆき子の頭をたたいた。けれども、彼女は、いつものように、それを倍にして戻す気分にはなれなかった。
「――おやすみ遊ばせ」
ゆき子は、何か、心の中に、今日一日で嘗てない新しい一つの道がついたような心確かさで、良人の静かな輪郭《プロフィル》を眺めた。
底本:「宮本百合子全集 第二巻」新日本出版社
1979(昭和54)年6月20日初版発行
1986(昭和61)年3月20日第5刷発行
底本の親本:「宮本百合子全集 第二巻」河出書房
1953(昭和28)年
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